覚え書:「田中正造:再び注目される思想 足尾銅山事件と福島原発事故の類似性」、『毎日新聞』2012年09月17日(月)付。


        • -

田中正造:再び注目される思想 足尾銅山事件と福島原発事故の類似性

 日本初の公害とされる足尾銅山鉱毒事件の解決に奔走した政治家、田中正造(1841−1913年)が亡くなって来年でちょうど100年。鉱毒事件と東京電力福島第1原発事故の類似性に着目し、正造の思想や生き方から東日本大震災後の日本社会の在り方を探ろうと改めて注目が集まっている。【足立旬子】

 物質上、人工人為の進歩のみを以てせば社会は暗黒なり。デンキ開けて世間暗夜となれり。

 亡くなる約1カ月半前に正造が日記に書いた言葉だ。

 菅井益郎・国学院大教授(日本経済史)は「鉱毒事件を通して正造は、近代とは何か、技術とは何かを徹底的に考え抜いた。技術の進歩にのみ頼っている社会は人間を滅ぼす。技術をコントロールするモラルや哲学が必要と警鐘を鳴らした」と解説する。

 電気が普及し始め、誰もが豊かになると期待した時代に、正造はなぜ現代文明を痛烈に批判したのか。

 近代技術の粋を集めたはずの足尾銅山から流出した鉱毒は、渡良瀬川流域の土壌を汚染し、農作物や魚に甚大な被害を出した。政府は鉱毒を沈殿するため最下流地の谷中村を廃村し、遊水池とする計画を決定。正造は村民とともに最後まで抵抗したが、1906年に強制廃村された。明治初期に約2700人いた村民は、遠くは北海道に集団移住を余儀なくされた。

 福島第1原発事故後の昨年3月下旬、京大原子炉実験研のメンバーとともに放射能汚染調査のために福島県飯舘村に入った菅井さんは「現代の谷中村ではないか」と感じたという。暮らしを豊かにするはずの文明が村民から日常を奪い、1年半たった今も多くの人が故郷に戻れない。

 銅生産も、原発も「国策」として進められた。菅井さんは「日本は近代化を進めるために、何か問題があっても責任をとらない構造を作り、それが今も続く。鉱毒事件も原発事故も政府は責任をとらず、企業も『国策に沿った』と、責任をとらない。被害を受けるのは弱い立場の人々だ」と指摘する。
  ◇   ◇

 鉱毒被害解決のため足尾銅山の「鉱業停止」を訴えた正造は、道半ばで亡くなった。命日の今月4日、生誕地、栃木県佐野市にある春日岡山惣宗寺(佐野厄よけ大師)で、百回忌の法要が営まれた。

 真の文明は山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし=1912年6月17日の日記

 田中正造記念協会会長の岡部正英・佐野市長は、あいさつでこの言葉を取り上げ「人権や地方自治、平和への希求、環境を尊重する思想が凝縮されている」と述べた。

 同市の市民団体などは「田中正造没後100年記念事業を進める会」を結成。今年4月には映画祭で正造の闘いを描いた映画「赤貧洗うがごとき」(池田博穂監督)を上映した。

 民を殺すは国家を殺すなり 法をないがしろにするは国家をないがしろにするなり 皆自ら国を毀(こぼ)つなり 財用をみだり民を殺し法を乱してしかして亡びざるの国なし、これを如何(いかん)

 1900年2月、鉱毒被害を訴えるため、東京へと請願のデモ行進に向かった農民たちを警察や憲兵が力で弾圧。政府が明治憲法で保障された請願権までも踏みにじったことに、正造が怒りに身を震わせて国会で演説する有名な「亡国演説」のシーンでは、約500人の観客が見入った。

 同会では没後100年に向けさまざまなイベントを企画している。坂原辰男会長は「鉱毒事件の教訓が生かされないまま福島原発事故が起きた。自然や命、平和の大切さなど多くの教訓を次世代に引き継ぎたい」と話す。=日記、演説は「真の文明は人を殺さず」(小松裕著、小学館)より
    −−「田中正造:再び注目される思想 足尾銅山事件と福島原発事故の類似性」、『毎日新聞』2012年09月17日(月)付。

==============

 ■ことば

 ◇足尾銅山鉱毒事件と田中正造
 明治時代、栃木県旧足尾町(現日光市)の足尾銅山から渡良瀬川に流れ込んだ鉱毒下流域を汚染し、農業や漁業に甚大な被害を与えた。衆院議員だった田中正造帝国議会鉱毒問題を追及し、1901年、明治天皇に直訴を試みた。
==============

 ◆没後100年に向けた主な行事◆

<1>29日=「アースデイ田中正造」(午前10時、佐野市文化会館)。正造と環境問題をテーマにしたミニ学習会やワークショップなど。午後3時から小出裕章・京大助教の講演「正造さんと原子力」。1200円(前売り1000円)。高校生以下無料。

<2>10月4日=田中正造100年講座(午後7時、佐野市勤労者会館会議室)。NHK市民大学田中正造」の上映と講義。無料。

<3>10月28日=「まんが田中正造」発刊記念シンポジウム(午後1時、佐野市文化会館)。原作者の水樹涼子さんの講演など。無料。

 ※問い合わせは<1><2>が「田中正造没後100年記念事業を進める会」の坂原会長(電話0283・23・2896)、<3>は佐野市教委田中正造翁没後百年顕彰事業推進室(電話0283・22・8832)。

        • -






http://mainichi.jp/feature/news/20120917ddm016040164000c.html




102

真の文明は人を殺さず
小松 裕
小学館
売り上げランキング: 9524

田中正造 (講談社火の鳥伝記文庫 (14))
砂田 弘
講談社
売り上げランキング: 130948

田中正造の生涯 (講談社現代新書 442)
林 竹二
講談社
売り上げランキング: 109860

田中正造 (岩波新書 黄版 274)
由井 正臣
岩波書店
売り上げランキング: 124021