覚え書:「今週の本棚:『被災した時間 3・11が問いかけているもの』=斉藤環・著」、『毎日新聞』2012年9月23日(日)付。



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今週の本棚:『被災した時間 3・11が問いかけているもの』=斉藤環・著

 (中公新書・840円)

 精神科医にして批評家の著者が、昨年三月より各媒体の緊急のもとめに応じ、東日本大震災の被災と原発の問題をめぐり発表した、約一年間の発言と対談をおさめる記録集。雑然たる点も多いが、あえて加筆せず「心象ドキュメンタリー」として提示することをめざしたという。
 精神科医としてとうぜん、被災のソフト面−−遅れて発生するひきこもりや、医学的ケアの難しい心の領域への指摘がある。放射能を祓(はら)うべき「ケガレ」とみなし、事故の本質的追求をうやむやにする日本的感性への批判がある。菅首相による浜岡原発の停止を、人々の疑心暗鬼に迅速に反応する一種のメンタルヘルスとして評価する視野がある。〈雑〉の中に、ゆたかな提言や批評があふれる。
 他にも「支援者支援」や、今後の防災ひいては文化における「多様性」志向の重要さ、因習的な「絆」でなく、自由な個としての「連帯」の提唱についてなど、読みどころ満載。
 何より災害の記憶の風化に抗し、あの日以来今後数十年、つまり自身の残りの生は被災期間であると認識するくだりには、すでに楽観しはじめている己が鈍愚を殴られる。(叙)
    −−「今週の本棚:『被災した時間 3・11が問いかけているもの』=斉藤環・著」、『毎日新聞』2012年9月23日(日)付。

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