覚え書:「時代の風 原発事故と安全対策=ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2012年10月14日(日)付。



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時代の風
原発事故と安全対策
ジャック・アタリ 仏経済学者・思想家

規制強化を地球規模で

 東西冷戦が終わって、旧共産圏を自由市場経済に移行させるため1991年、ロンドンに欧州復興開発銀行が設立され、私が初代総裁を務めた時、東欧諸国の原子力発電所をすべて改修させる計画を発表した。チェルノブイリ原発事故から約5年後のことだ。計画はほぼ実施された。
 原子力は危険で、例外的な安全対策が必要なエネルギーだ。福島第1原発の事故は、原子力が扱いにくいものだと改めて教えてくれた。今なお福島第1原発2号機、3号機で実際に何が起きているのか分かる人はいないし、4号機の使用済み核燃料プールにある燃料棒を取り除く前に、再び大地震が起きれば大惨事になる。日本の対策は遅れており、今後も影響が心配だ。
 日本は原子力の不幸な運命を背負っている。地震が多く、歴史的にも原子力を利用するのに最適な国とは言えない。日本政府の「脱原発」方針は理解できるが、それにはコストを考えねばならない。石油輸入や代替エネルギーを見つけるには莫大な費用がかかる。日本には他の潜在的なエネルギー源も少ない。しかも、世界各国で電力需要は増え続け、ガソリン車に電気自動車が取って代わろうとしている現実もある。


 フランスは1960年代、電力の石油依存から脱するために、大量の原子力エネルギーが必要だと考えた。隣国ドイツは世論の支持を得られず、原子力の比率を低く抑える方向に向かったが、フランスは世論の説得に成功した。科学的合理主義的な国であるという文化的な理由に加え、70〜80年代に非常に大きな議論が行われたからだ。反原子力の運動が起き、あらゆる場所で原発の役割や機能、安全性、雇用などをめぐる深い論争があった。フランスでは、国民の意思に反して建設された原発は一つもない。現時点でフランスは、 他の欧州諸国と逆に、原子力には多くの利点があると評価している。
これに対し、日本の原子力の問題は、すでに知られているように管理が非常に悪く、腐敗し、不透明だったことである。重大な不注意があっただけでなく、電力会社と監視機関のもたれ合いがあり、政府は職務を怠った。日本では近年、小さな原発事故が相当数起きており、原発の品質が維持できていなかったと推測される。使用済み核燃料再処理工場やプルサーマル原発で使うMOXプルトニウム・ウラン混合酸化物)燃料工場すら稼働していない。日本の原子力産業は、生産という意味でも点検、管理という意味でも良質は言い難い。
 フランスの再処理施設はうまく稼働しているが、MOX燃料については安全対策が難しい。輸送の安全が確保されなければ、深刻なテロを引き起こしかねない。1〜2回処理した後、地下に埋めなければならないが、フランスのような原発先進国でも最終処理の方法は持っていない。
 たとえ原発をやめるとしても、原子力に関する専門知識は非常に長い間、何世紀もの間、維持しなければならないし、発展させ続けなければならない。処理しなければならない廃棄物が残るからだ。ロケットで月に運んだり、経済的な必要から、「ゴミ捨て場」になるリスクを受け入れる国があれば別だが。
 私は15年以上前に、著書で国際原子力機関IAEA)の能力不足を指摘したが、今も職務を遂行するのに(有効な)手段も資金も専門技術もないのが実情だ。日本は安全性に関する海外の知見を十分受け入れてこなかったと指摘されている。IAEAは、そうした国に圧力をかける手段を持つべきだった。そうすれば、福島の事故は起こらずに済んだはずだ。


 日本が原発を海辺に無防備のまま建設しているとは知らなかった。私はフランス東部にある国内最古のフッセンハイム原発についてずっと批判している。ライン川沿いにあるからだ。わずかな放射能漏れで川全体が汚染される可能性があり、その川は欧州経済の主要な源だ。
 福島の自己は、原子力そのものの事故ではなく、発電所が非常に悪い場所に設置されたために起きた。原発の建屋が爆発したのであり、損傷をもたらしたのは津波だった。もし原発が他の場所に設置され、過去の津波を考慮して高い防護壁が造られていれば、原発は損傷しなかったと私は考えている。安全対策があまりに低劣で、小さな事故にも脆弱だったのだ。IAEAは地球規模のすべての原子力問題に対応する国際的な手段と、そのための地球規模の財源を持つことが必要だ。
 福島の事故で私が一番に考えたのは、日本には原子力とは別の危険があるということだ。もし津波が福島ではなく東京湾を襲っていたら、東京が破壊されただろう。それは原子力よりも恐ろしい。私が日本人なら、原発に不安を抱くと同時に、津波が東京の街を襲ったらどうなるかと不安になるだろう。東京にはほとんど何も準備もないのだろうから。【構成・宮川裕章】
    −−「時代の風 原発事故と安全対策=ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2012年10月14日(日)付。

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元フランス環境大臣が明かす、フランス原子力政策の暗闇

フランスの原子力発電「界隈」の脅威の実態を告発した一書が元・環境大臣コリーヌ・ルパージュ女史(大林薫訳『原発大国の真実: 福島・フランス・ヨーロッパ ポスト原発社会へ向けて』長崎出版)。

同書は原発先進国・フランスの原子力政策の暗闇にメスを入れる一冊だけれども、邦訳本の裏表紙には、アインシュタインの言葉が刻まれている。

いわく……

「この世界は危険に満ちている! 悪いことをする人間がいるからではない。 それを見て見ぬふりをする人間がいるからだ」

見て見ぬふりを加速させるのは、欺瞞の話法だろう。ひさしぶりに私自身、おなかいっぱいになったですだよ。







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