覚え書:「今週の本棚:五味文彦・評 『足利義満 −−公武に君臨した室町将軍』=小川剛生・著」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。




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今週の本棚:五味文彦・評 『足利義満 −−公武に君臨した室町将軍』=小川剛生・著
 (中公新書・945円)

 ◇いかにして室町殿は朝廷に入ったのか
 室町時代三代将軍の足利義満は、それまで源頼朝によってつくられた鎌倉殿という将軍の型を大きく変えて室町殿の将軍の型をつくり、それは二百年にわたって継承されることになった。
 その義満の近年の研究には目覚ましいものがあり、それは次の四点に集約される。
 第一は、日明貿易を開始したことに絡んで、義満が「日本国王」と号した点
 第二に、義満が皇位の簒奪(さんだつ)を計画したとする点
 第三は、義満が太上(だいじょう)天皇となって院政を行ったとする点
 第四は、義満の造営した北山第をめぐる新見解が次々に出されている点
 それぞれに魅力的で、刺激的な説が提出されてきているが、今、改めて義満の全体像を探ることが求められており、そうしたなかで登場したのが本書である。
 著者は、『二条良基研究』や武家の和歌に関する注目すべき研究で知られる、気鋭の国文学者であり、その鋭い感性と卓越した学識を生かし、まずは義満の成長期を二条良基との関係から探ってゆく。
 室町幕府と朝廷との関係を前史として探り、いかに義満が朝廷の官職につき、朝廷の内部に入りこんでいったのか、右近衛大将内大臣などの官職の持つ意味を明らかにしつつ、考察を進める。
 当初、公家の儀礼などに尻込みしていた若き義満を、良基が朝廷の場に引き込んでゆく様が活写されている。義満には自身を語る言説がほとんど残されていないため、周辺の人物の日記を丹念に読み込んでゆき、義満の学識や人となりに迫ってゆく。ことに醍醐寺(だいごじ)三宝院の光済(こうさい)や新熊野社別当の宋縁(そうえん)の活動に注目した点は秀逸である。
 経済力が著しく低下し、財源を義満に握られた貴族たちは、義満の威に恐れを抱きつつも、義満に仕えてゆくなか、したたかに動く様を克明に追ってゆき、義満のみならず、そのとりまきの正体を追及してゆく。なかでも義満の意外に皮肉っぽく、歴史に詳しいところの指摘は興味深い。
 室町殿を直接的に支える武家についても目配りをして、管領となった細川頼之(よりゆき)や斯波義将(しばよしゆき)の動きをはじめとして描いているが、『難太平記(なんたいへいき)』の著者である今川了俊については、歌人であっただけに分析は手厚く、これまでの研究をこえた、新たな一面を炙(あぶ)り出している。
 こうして文学作品に始まり、公家の日記や紙背文書などの様々な史料を博捜し、それらに丁寧な分析を加えてゆくなかで、はじめにあげたこれまでの研究上の論点にも的確に答えてゆく。
 それらの論点のうちとるべき点はとり、否定すべき点は否定する。第四にあげた、最近の新たな見解についても、きちんと位置づけており、本書はまさに義満を知る上での最良の入門書となっている。
 史料の性格をしっかりと捉えて、正確に読み取ってゆくことにより、新事実を次々と明らかにしている点は、今後の研究にとって極めて有益であるばかりか、読んでいて何とも心地よい。
 もし本書に注文をつけるならば、義満自身は何を求めていたのか、より義満に寄り添った分析がほしかったということになろう。無い物ねだりというべきかもしれないが、もう少し踏み込んで探ってもよかったように思う。
    −−「今週の本棚:五味文彦・評 『足利義満 −−公武に君臨した室町将軍』=小川剛生・著」、『毎日新聞』2012年11月04日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20121104ddm015070005000c.html


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