覚え書:「【書評】 団地の空間政治学 原武史 著」、『東京新聞』2012年11月18日(日)付。




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【書評】 団地の空間政治学 原 武史 著

◆家族の壁 乗り越える思想
[評者]藤井 淑禎 立教大教授、日本近現代文学。著書『名作がくれた勇気』など。
 近年の団地居住者の高齢化の実態の紹介から、本書は始められている。本書の底流をなすのは団地再生への熱き思いだが、その答えの一つが、最終章で紹介される「地域社会圏」モデルであり、その核となっているのが「一住宅=一家族」の壁を乗り越えようとする思想=行動なのである。
 かつて「団地が輝いていた時代」にも、「『一住宅=一家族』を仕切るコンクリートの壁を越える形で」住民たちの交流や自治活動が展開されていたことを著者は重視する。
 書名の「空間政治学」とは、高度成長期の「政治思想を団地という空間から考察しよう」という意味である。「団地という空間」が「下からの政治思想を生み出していく」過程を、本書は大阪(香里)、多摩(多摩平とひばりケ丘)、千葉(常盤平と高根台)といった主要団地を例に、硬軟とりまぜた史資料を駆使して、描き出していく。
 「団地の根底に流れていた思想」を「私生活主義」と「地域自治」との双方から捉(とら)えるために、著者は、後者に関しては安保闘争から民主化運動への推移、政党の介入と自治の問題、通勤・保育・教育といった生活問題を取り上げ、前者に関しては「団地と性」の問題に肉迫(にくはく)する。もちろん本書の中心をなすのは後者だが、前者の圧巻は、高根台団地においてルポライター竹中労が、生殖や性を突破口として庶民の崇高さに気づかされていくくだりであり、それが見事に活写されている。
 史資料の博捜や援用マナーを見ても、本書はこのサイズにしては考えられないほどの堂々たる「研究書」(自身そう言い切っている)である。著者には西武鉄道沿線のひばりケ丘団地と滝山団地とに絞って考察した『レッドアローとスターハウス−もうひとつの戦後思想史』(新潮社)という、より研究書に近い新刊書もあるが、それと比べてもなんら遜色(そんしょく)がない。併せて読むべき二冊と言えよう。
はら・たけし 1962年生まれ。明治学院大教授、日本政治思想史。著書に『大正天皇』など。
(NHKブックス ・ 1260円)
<もう1冊>
 石本馨著『団地巡礼』(二見書房)。東京・埼玉・広島などに残る団地とその空間を撮った写真文集。壁画やオブジェや遊具も撮影。
    −−「【書評】 団地の空間政治学 原武史 著」、『東京新聞』2012年11月18日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2012111802000162.html


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