覚え書:「太平洋戦争:庶民の日記が伝える戦争観 緊張した中にも開戦日の高揚感」、『毎日新聞』2012年12月08日(土)付。




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太平洋戦争:庶民の日記が伝える戦争観 緊張した中にも開戦日の高揚感
毎日新聞 2012年12月08日 東京朝刊

 1941年に日本と米英が開戦してから72回目の「12月8日」を迎えた。当時の国民は、多くの犠牲を払った太平洋戦争の始まりをどう受け止めたのか。日記はその戦争観を伝えている。「女性の日記から学ぶ会」代表の島利栄子さん(68)=千葉県八千代市=が集めた日記や手紙類は、男女や年齢を問わず明治時代から現代まで約4500点に上る。日記の中の「12月8日」を見た。【吉永磨美】

 ■ニュース伝えるラジオ「すっかり売切」

 「午前七時臨時ニュースあり。英米軍の交戦状態に入りたる旨公報あり。早速、表に提示すべく大書す。木の葉かきに行く考えなりも中止して、ひっきりなしに入るニュースをきく。尾張へ用事に行く。土師(はじ)方面へラジオ持ちて行く。(欄外に『警戒警報出(い)でたり』)」(8日)

 当時50歳だった元教師の吉田得子さんは、岡山県瀬戸内市で夫とともにラジオ販売業を営んでいた。日記には、開戦前日(7日)までは戦争の記述は目立たず、開戦を境に急に増えだした。ラジオで聞いた開戦のニュースを店先に張り出すなど、注目していた様子が記されている。

 「暁より雨天となりて警戒警報解除となりたり。ラジオの修理者と購入者、門前市をなす。すっかり売切状態にて、ことはりする」(9日)

 翌日にはニュースを聞くために大勢の人がラジオを求めて列を作り、売り切れの大繁盛になったらしい。日記には岡山市にラジオを仕入れに行ったことや修理のためにラジオを持った客が次々と店に来る様子がつづられ、地方でも緊張した庶民の様子がうかがえる。

 このほか、日本軍の必勝祈願で寺社へお参りに行ったり、品不足で不便な生活を送ったりする中で、空襲時のための救急の講習会への参加、配給品の受け取りなども記されていた。(「時代を駆ける−吉田得子日記1907−1945」<みずのわ出版>収録)

 ■大勝の一報に「血湧き肉の躍る」
 「本日午前十一時四十分、英米両国に対して宣戦の大詔煥(かん)(ママ)発(ぱつ)せらる。吾(わ)が軍は今朝早暁から大西洋(※西太平洋の誤記か)に於(おい)て、佛印(現ベトナムラオスカンボジア)方面、泰国(現タイ)方面に於て米英両軍と已(すで)に銃火を交へて幾多の赫々(かくかく)たる戦果を挙げし報道 刻々としてラヂオニュースに依(よ)りて報ぜらる。正午、食事来たりて此(こ)の大事突発を耳にせり。皇国国民の一人として如何(いか)で血湧き肉の躍るを禁じ得んや。夕食後は、本宅にて専らニュースを緊張裡(り)の内に聞きて拾時(じゅうじ)就床(しゅうしょう)す」

 35歳の男性は、ラジオで開戦を知った。この日は、実家のある栃木県内で農作業をしていた。病気のために軍隊には行かなかった。ラジオ商の女性と同様、男性の日記も前日までは戦争についての記述はほとんどなかったが、戦争に関する記述が増えていく。

 翌9日には「昼の戦況ニュースを楽しみに待ちしが、ラヂオは遂(つい)に音を立てず、空(むな)しく隠居に向かふ」と日本軍の戦いぶりを伝えるニュースを楽しみにしていたようだ。10日には、フィリピンに上陸した日本軍が大勝したニュースを聞き、上機嫌で仕事に励んだことがつづられている。

 「此の上もなく、心強さを覚えつつ、且(かつ)第一線に粉骨活躍の勇士に満腔(まんこう)の感謝を捧(ささ)げつつ縄仕事に従事せり。皇国の民として生れたる幸福と栄光とてかくも心強く方(まさ)に覚えたることなし」

 ■「宣戦がきこえて来て、武者ぶるい」

 東京都内に住む40代の主婦も開戦の日を記録。日記欄のわきには家計簿欄があり、菓子70銭、カウヤク(膏薬(こうやく))1円などと当日の支出がメモされている。開戦日の日記の書き出しは、まず「上天気」であった天候に触れ、当日の息子が参加する遠足について「あたりなり」と母親らしい気持ちを書き記す。続いて日記の内容は一変。開戦に興奮した主婦の心情が次のように生々しく記されている。

 「珍しく朝から(ラジオの)ニュースをかけていたら日本歴史上特筆すべき米英への宣戦がきこえて来て、武者ぶるいする。午後松丸さん一寸(ちょっと)来て、ひとしゃべりする」

 都内の20歳代の女性は、自宅の大掃除の後、帰宅した父親から開戦を聞いたという。その時の心情を日記にこう記した。
「日英米開戦といふことで吃驚(びっくり)した。宣戦の御詔勅も降り、いよいよ始まった。(中略)夜ほんとうに灯火管制が行われ、いよいよ緊張。ラヂオもニュースばかり1時間毎(ごと)に放送している」

 島さんによると、当時の世界情勢もあり、日本が戦争に突入した状況を積極的に支持する気持ちをつづった日記は多く見られるという。開戦日については、著名人も含め多くの日記に書かれており、日本軍の勝利に沸く心情などが目立つという。
    −−「太平洋戦争:庶民の日記が伝える戦争観 緊張した中にも開戦日の高揚感」、『毎日新聞』2012年12月08日(土)付。

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http://mainichi.jp/select/news/20121208ddm012040010000c.html

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