覚え書:「【書評】本の透視図 菅原孝雄著」、『東京新聞』2013年01月20日(日)付。




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【書評】本の透視図 菅原 孝雄 著

◆電子化の歴史的意味問う
[評者]仲俣 暁生  文芸評論家・フリー編集者。著書に『極西文学論』など。
 ここ数年、「電子書籍」の話題がメディアを席巻するのと歩調を合わせ、書物についての本が数多く書かれた。残念なことに、その大半は書物の電子化は不可避とする運命論か、その陰画にすぎない印刷本への偏愛を語った情緒的エッセイにとどまっていた。本の世界が大きく様がわりしつつあることは明らかだが、その変化を書物史のなかに位置づける努力は、ほとんど放棄されてきた。本書の最大の意味は、この試みに挑んだ点にある。
 二部構成の前半で著者は、グーテンベルク活版印刷術を起点とする従来の書物史に疑問を投げかける。そのかわりに、およそ半世紀後のアルドゥス・マヌティウスによる携帯可能な小型本の刊行を、現在の出版状況に至る原点に置く。このアルドゥスの功績を二十世紀のコンピュータ革命のなかで正確に理解していた人物アラン・ケイへの言及から、本書の後半の主題である「未来の本」が論じられてゆく。
 昨今の「電子書籍」ブームの発端となったアップル社のアイパッドは、一九六○年代にケイが夢見た本を超える本、「ダイナブック」という夢を具現した、タブレット型コンピュータだ。活版印刷術の本質を見逃さなかったアルドゥスが書物の形態と意味を根本的に変えたように、デジタル技術も「本」を根本から変えるだろう。
 こうした「透視図」のなかに置いたとき、いまの「電子書籍」は、書物とコンピュータそれぞれがもつ豊かな可能性をいずれも放棄した折衷的な産物に思えてくる。これまでの「本」の形を模倣し、電子の「紙」に定着しているだけだからだ。「コンピュータ」そのものが書物の後継メディアだと考えたケイを受けて、著者も「電子ブック(電子書籍)」に批判的な立場をとる。
 巻末の「編集者の極私的な回想」で明かされる著者の経歴は、このような見取り図を描きえた理由をこっそりと明かしてくれる、必読の文章である。
すがわら・たかお
 1940年生まれ。編集・著述業。著書『デジタルメディアのつくりかた』など。
国書刊行会 ・ 2625円)
<もう1冊>
 津野海太郎著『本はどのように消えてゆくのか』(晶文社)。活字本と電子本の共存時代を迎えたいま、<本>とは何かを考える。
    −−「【書評】本の透視図 菅原孝雄著」、『東京新聞』2013年01月20日(日)付。

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