覚え書:「時代の風:民主主義の将来=仏経済学者・思想家、ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2013年01月27日(日)付。+α




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時代の風:民主主義の将来=仏経済学者・思想家、ジャック・アタリ
毎日新聞 2013年01月27日 東京朝刊

 ◇理念欠けばポピュリズム

 「民主主義」というギリシャ語の言葉には軽蔑的な意味がある。貴族が人民による統治、つまりはポピュリズムを批判するのに使った言葉だ。

 ポピュリズムとは条件の厳しい道を避け、最も安易な方向に人々を導くことだ。ポピュリズムの指導者は人々を愚かだと考え、最も本能に近い欲求に訴える。だがそうした指導者が考えるより人々は賢明だ。やがてポピュリストの指導者は窮地に陥り、権力を譲ることに抵抗する。ポピュリズムは多くの場合、衆愚政治から始まり独裁で終わる。

 世論調査は世論を知るのに絶対に必要だが、隷従してはいけない。世論調査を毎日実施し、政治権力が常に調査結果に従えば、それはポピュリズムだ。民主主義では政治家は計画についてビジョン(理念)を持たなければならない。「人々がそう考えるなら、その考えを変えるよう説得しなければならない」という姿勢が必要だ。かつて「私は民衆の元首だ。だから私は民衆に従う」と言った政治家がいたが「私は民衆の元首だ。だから私が彼らを先導する」が正しい。世論調査は民意を理解するのに非常に有効で、国民をよりよく説得するのに有効なのだ。世論調査による専制は、株式市場の専制が政治のあり方をロデオ(荒馬や荒牛を乗りこなす競技)のように変えてしまうのと同じだ。

 真の国家のための政治家には、一時的に不人気になる勇気が必要だ。ただしその後、有権者に説明しなければならない。ずっと不人気のままでは選挙で負けてしまう。

 日本では首相が頻繁に代わるが、日本の強力な行政機関は頻繁な政権交代と表裏一体だ。強力な行政機関は安定や行動の永続性をもたらす。

 政治家に強い権力を持たせるには時間を与えなければならない。官僚は政治家に「私はあなたの前任の大臣5人を知っており、後任の大臣5人とも会うはずだ。その間、私はずっとここにいる。あなたは私に物を頼むことができるが、私はあなたが去るのを待つこともできる」と言える。

 例えば地方自治体の市長は任期の間、交代させられることはほとんどない。だから真の政治権力を持つ。奇妙なことだが(国家の)大臣より確実な任期を持つため大臣より権力を持つ。官僚に「私はあなた方を制御する時間がある」と言えるからだ。政治家が人々の審判を受けつつ、時間を持たなければ、民主主義は存続することはできない。

 日本の場合、解決法は組織制度の中にある。天皇制の日本では、大統領制や首相公選制は、元首の正統性の二重状況が問題になる。欧州では、君主を持つ国は全て安定している。英国、オランダ、スウェーデンは首相を直接選挙で選ぶ形は取っていない。これらの国でも首相は頻繁に代わるが、時には長期間政権を維持する首相もいる。英国のサッチャー元首相、ブレア元首相などがそうだ。それには政党の大改革が必要だ。政党内部の規則を変え、党首が長期間、党首であり続けられるようにしなければならない。

 ギリシャアテネで始まった民主主義は非常に限定的なものだった。アテネ全体で行われたわけではなく、人口の大半を占めた外国人が排除されるなどした。少しずつ発展し、範囲を広げた。広大な領土でも民主主義は可能だ。米国はそれを示した。インドも困難やもろさを伴うが、広い領土を持つ民主主義国だ。欧州は段階的に制度や機構を増やし、欧州議会を持った。一方、独裁的で小さな都市国家もある。規模よりも文化、歴史、人々が自らの運命を引き受けようとする意思の問題だ。

 欧州の地方では、国家に代わる欧州政府を求める人がいる。スペインのカタルーニャ州の独立を求める人々は欧州統合は支持するが、国家で構成されるような欧州を望んでいない。現在の傾向は、非常に小さな領域と、大陸など大きな領域との二重権力に向かっている。国家はその中間物となり、国家の権力は弱まっている。民営化で権力を市場に委ね、地方分権化で地方に権力を移譲している。欧州では欧州統合だ。だが、これは国家の衰退であり、民主主義の衰退を意味しない。

 一方で、市場は地球規模に広がり、民主主義はそれに比べ、地域にとどまっている。長期的には、民主主義の地球規模化が進まなければ、地球規模の市場を持つことはできない。所有権のない市場は機能しない。例えば知的所有権を守り、あらゆる形の社会生活を保護するための地球規模での制度が必要だ。地球規模の民主主義がなければ、代わりに金融や行政機関による独裁的で排他的な法の支配が生まれ、破綻につながる。

 我々は今、2013年にいるが、1913年には、誰も世界大戦が起きるとは考えなかった。地球規模で民主主義を普及させようという勇気がなかった。そして今日、もし地球規模の民主主義について考えることができなければ、民主主義は市場に屈服し、それぞれの国で、ポピュリズムの脅威にさらされるだろう。=毎週日曜日に掲載
    −−「時代の風:民主主義の将来=仏経済学者・思想家、ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2013年01月27日(日)付。

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http://mainichi.jp/opinion/news/20130127ddm002070079000c.html


市場は地球規模に広がり民主主義は地域に留まっている。「地球規模の民主主義について考えることができなければ、民主主義は市場に屈服し、それぞれの国で、ポピュリズムの脅威にさらされるだろう」。

アタリのオピニオンを読みながら、民主主義の内実と位置について考えさせられる。

民主主義の源流といえば古代ギリシアに目を向けることができる。柄谷行人は、そのさらなる源流に、近著『哲学の起源』(岩波書店)で注目した。

それはイソノミア。

フォアゾクラティカの活躍したイオニア地方には、ギリシア本土の部族社会にはない自由と平等が存在したという。この支配・被支配関係のない無支配状態をイソノミアと呼ぶ。柄谷によれば、民主派・貴族派にも属さなかったソクラテスはイソノミアの精神を受け継ぐという。

ソクラテスの生きた時代は、ペルシャ戦争に勝利し、他のポリスを支配する時代。制度としては確かに民主政だろう。しかし内実は帝国主義と奴隷労働に基づく体制であり、外国人排除の上に多数支配は成立する。

プラトンはイソノミアもデモクラシーも否定して、哲人政治を構想する。多数支配に疑念を抱くソクラテスは、何を構想したのだろう。イソノミアとは見果てぬ夢なのだろうか。

経済格差と排外主義、そして軍事と統治力の強化は、21世紀に入ってから世界的潮流の感を呈している。しかし思えばアテネの民主主義も同じだったのではないか。だとすれば、ソクラテスとともに、この問いを探究する必要があろう。

まずは、貧しい政治的想像力を、激しく揺さぶり,みずみずしく蘇らせる必要があるのではないだろうか。





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