覚え書:「書評:『フィールドワークの戦後史』 坂野徹著 評・開沼 博」、『読売新聞』2013年02月10日(日)付。




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『フィールドワークの戦後史』 坂野徹著

評・開沼 博(社会学者・福島大特任研究員)
「辺境」で見えた関係性


 戦後復興期、「日本の辺境」に向かった研究者たちはそこに何を見出そうとしたのか。

 敗戦の後、人類学・社会学・地理学・宗教学など幅広いジャンルに跨る九つの学会によって結成された「九学会連合」は、1950年から90年まで日本列島各地で計11回にわたる調査を行った。本書は、対馬(50〜51)、能登(52〜53)、奄美(55〜57)の初期3調査の実態を最新の研究も踏まえながら振り返る。

 まず研究者たちが調査地に見出そうとしたのはそこに残る「日本人」「日本文化」だった。当時の日本は生々しい戦争の傷跡を各地に抱えていた。当然、その「傷の痛み」は「植民地の喪失」にもあった。失われた「領土」との境界である「島」や「半島」を調べ、そこが確かに日本であることを自己証明する。それを調査する側=研究者も、調査される側=地元住民も意識せざるをえなかった。宮本常一が調査開始と同じ50年に開戦した朝鮮戦争の砲撃の音を対馬調査の最中に聞いたとする記録が残る。事実か創作か議論の余地は残るが、そのエピソードが一定程度の真実味を持つ中で記録は重ねられた。

 一方、調査する側/される側の意識や利害の溝も露わになっていく。住民を詰問するような強引な調査、持ち出した古文書の未返却などの「調査地被害」。何か地域振興に役立つのではないかと調査を受け入れる地元の期待と、「古いもの」や「郷愁」を見出す対象として調査地を消費していく中央から来た研究者の「学究心」。

 当初、新聞・ラジオ・テレビ等でその成果が全国に報じられるほど盛り上がった調査は、その後急速に勢いを落としていく。高度経済成長の結果、地域文化の均質化は進み、研究者が期待する「辺境」の魅力は失われていったからだ。

 調査後もその地域に持続的に関わり「恩返し」をする者は少数にとどまった。調査する側/される側の関係は、60年後に再来した「復興期」の中で問われ直すことになるだろう。

 ◇さかの・とおる=1961年生まれ。日本大経済学部教授。著書に『帝国日本と人類学者 1884−1952年』など。

 吉川弘文館 2800円
    −−「書評:『フィールドワークの戦後史』 坂野徹著 評・開沼 博」、『読売新聞』2013年02月10日(日)付。

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http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130214-OYT8T00979.htm








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