覚え書:「今週の本棚:若島正・評 『アサイラム・ピース』=アンナ・カヴァン著」、『毎日新聞』2013年03月03日(日)付。




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今週の本棚:若島正・評 『アサイラム・ピース』=アンナ・カヴァン
毎日新聞 2013年03月03日 東京朝刊

 (国書刊行会・2310円)

 ◇囚われの心象を封じた忘れがたい短篇群

 アンナ・カヴァンと言えば、すぐに連想するのは、今はなきサンリオSF文庫である。一九七八年から十年間にわたり、ジャンルSFのみならず前衛的な主流文学まで幅広く海外文学を紹介し、ひと味違った奇妙な作品が多いことで愛好家に知られていた文庫だった。その中でも記憶に残るものを選び出せば、アンナ・カヴァンの『氷』『ジュリアとバズーカ』『愛の渇き』の三冊はおそらく上位にくるはずだ。とりわけ、忘れがたい印象を残す『氷』は、J・G・バラードの初期作品群のような破滅SFの趣を持ちながらも、幻想小説や冒険小説の要素をミックスした独特な作品として、いまだに彼女の代表作であり続けている。しかしその当時は、異様な作品世界に目を奪われて、アンナ・カヴァンというあまり知られていない作家自身についてはそれほど関心が向けられなかったが、実を言うと『氷』は彼女が生前に発表した最後の作品だったのである。死後出版された短篇集『ジュリアとバズーカ』も含めて、わたしたちはいわば双眼鏡を逆に持つように、最後のアンナ・カヴァンから先に眺めたのだ。

 それから三十年近くが経過して、今回久しぶりに出た『アサイラム・ピース』は、彼女がアンナ・カヴァンという筆名を使った第一作となる短篇集である。彼女はそれまで使っていたヘレン・ファーガソンという筆名をここで変え、作風も変えた。つまり、わたしたちは『アサイラム・ピース』でアンナ・カヴァンという新しい作家の誕生を目にすることになる。
 この短篇集は、連作短篇の形式を取る表題作「アサイラム・ピース」を除けば、残りの十三の短篇はすべて、ある強迫観念に取り憑(つ)かれた女性の「私」の一人称で語られている。精神に変調をきたし、療養生活を送ることになった人々を描く「アサイラム・ピース」ではクリニックという具体的な形を与えられているが、残りの十三篇の語り手たちもまたある意味で、「わけのわからぬままに囚(とら)われの身になった人間」であり、自分を取り巻く世界に、家に、そして自分自身の観念に閉じ込められている。敵はいたるところに遍在している。「すべての原子、すべての分子、すべての細胞が一致団結して悪辣(あくらつ)な謀議をこらし、ターゲットになった者にどす黒い攻撃を仕かけてくるのだ」。しかし、その敵は姿が見えない。それは鏡の中にしかいない、幻なのかもしれない。「この世界のどこかに敵がいる。執念深く容赦のない敵が。でも、私はその名を知らない。顔も知らない」。この不条理な世界に対して、語り手たちは静かな怒りに近い感情をおぼえる。「どうして私だけが、見えない看守のもとに苦痛に満ちた夜を過ごさなければならないのか。私はいかなる法のもとに裁かれ、有罪とされ、これほど重い刑を宣告されるに至ったのか」

 こう引用してみればわかるように、この作品世界はカフカの『城』や『審判』に近い。しかし、アンナ・カヴァンが一読すればすぐに彼女のものだとわかる独自のスタイルを持つに至ったのは、女性の一人称によって語られる心象風景を、水晶や氷を想(おも)わせる硬質の文体で、しかも断片的な短篇の中に封じ込めた点にある。各短篇は、物語や登場人物たちが自由に動き出す前に、すっぱりと切り取ったように唐突に終わる。いわば、作品そのものが孤独なのだ。『アサイラム・ピース』に収められた作品たちは、まるでクリニックに収容された人々のように、それぞれの作品世界という個室に閉じこもっている。そして、なによりも驚かされるのは、アンナ・カヴァン自身を反映した不安定な精神世界を描きながらも、筆致は決して不安定ではなく、むしろ徹底して論理的であることだ。その微妙なバランスが、彼女を作家にした。
 この短篇集には、「終わりはもうそこに」と、「終わりはない」という、矛盾した題の二篇が並べて最後に置かれている。全篇を通じて、決して口にされることはない「死」という言葉は、警告という形でしか現れない。自殺という可能性がつねにすぐそこにありながら、語り手たちは生き続ける。「待つこと−−それは、この世の何よりも難しいことだ」という言葉は、本作品集では最も悲痛なものとして響く。アンナ・カヴァンという作家が、この地点で最後を迎えたのではなく、この地点から出発して、それから二十五年以上も小説を書き続けたという事実に、わたしは驚異をおぼえる。

 アンナ・カヴァンにとって、書くことはまさしく生きることだった。代表作『氷』は、文字通り外に出ようとする冒険の試みだった。ヘロインの常用による心臓病が原因になったとされている彼女の死については、自殺説もあるようだが、わたしは信じない。彼女はまだまだ書いて、そして生きたかったはずなのだから。(山田和子訳)
    −−「今週の本棚:若島正・評 『アサイラム・ピース』=アンナ・カヴァン著」、『毎日新聞』2013年03月03日(日)付。

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