覚え書:「今週の本棚:海部宣男・評 『シロアリ』『サボり上手な動物たち』」、『毎日新聞』2013年03月10日(日)付。




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今週の本棚:海部宣男・評 『シロアリ』『サボり上手な動物たち』
毎日新聞 2013年03月10日 東京朝刊


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 ◇『シロアリ』=松浦健二・著

 (岩波科学ライブラリー・1575円)

 ◇『サボり上手な動物たち』=佐藤克文・森阪匡通、著

 (岩波科学ライブラリー・1575円)

 ◇科学の面白さ、最前線を新たな装いにして

 「岩波科学ライブラリー」が二百冊を超え、好調である。新書が持っていた科学分野の一般読者向け総説、といった重さを捨て、バラエティに富んだテーマをトピックス的に取り上げる。シリーズ創刊二十年、当初は地味で小さな本という印象で、出版も滞りがちに見えた。だが二〇〇五年に装丁を一新して見た目も良くなり、『ハダカデバネズミ』『決着! 恐竜絶滅論争』『ヒトはなぜ難産なのか』など斬新なテーマでの出版が、月一−二冊のペースで続いている。

 同じ岩波の伝統ある雑誌『科学』は、社会的視点を強めた結果、かつてのような科学自体の面白さやその目覚ましい発展を伝える役割を失った。残念ではあるが、一般読者にはこの「科学ライブラリー」が、科学の面白さ、最前線を新たな装いで伝えてくれるようになった。

 科学の紹介でも、ビジュアル情報は大事だ。その点やや物足りなかったが、カラー写真やイラストを入れたものが出始めたことを歓迎したい。紹介する新刊二冊は、ともに動物の生態に関するもの。カラー写真、愉快なイラストをたくさんちりばめ、電車の中や就寝前に楽しめる。著者たちが一九六〇−七〇年代生まれ、ピッチピチの現役研究者なのも新鮮だ。研究現場の活気と興奮が伝わってくる。

 『シロアリ』は、読んでずいぶんと驚かされた。著者は野山を駆け回った子供時代にシロアリの巣を見てとりこになり、大学院で研究テーマをシロアリに定め、下宿のコタツでシロアリを飼ったという豪の者。大学院時代からヤマトシロアリ(羽アリの季節以外は潜っているが、どこにでもいるらしい)の生態で大発見を連発。女王は単為生殖で後継者を産むし(つまり遺伝子的には不死)、王様のほうはやたら長生きだ。シロアリの巣に紛れ込んで増殖するカビの一種「ターマイトボール」の発見や、このカビがいかにシロアリのワーカーたちに卵と誤認させて毎日世話をさせるか等々。そうした発見を述べる著者の筆も、なかなかに軽快である。

 シロアリはアリやハチとは別種で、ゴキブリの仲間だそうな。それが「社会性昆虫」としてアリやハチとそっくりな生態を発達させたことにも驚かされる。その背後には、進化という玄妙な運動原理が働いているのだ。

 考えてみれば、海中の生物の日々の生活も、私たちはほとんど知らない。海岸や海面での活動だけで知ったつもりではならじと、生物の水中での行動を記録する「バイオロギング」による研究が進んでいる。最近テレビでも見るイルカに背負わせたカメラでの水中映像などは、その成果だ。『サボリ上手な……』は、バイオロギングによる海中生態学研究の現場報告である。

 小型のカメラ、深度計、速度計、加速度計や音響記録計を開発し、カメやイルカといった大型動物だけでなく、海鳥や魚にまで取り付ける。彼ら彼女らが普段どおり餌を追い、追われ、子供を育てる行動がそのまま記録・回収される。こうして彼らの日常生活がどんどん明るみに出て、ここでも驚きの連続だ。

 バイオロギングの開発には、日本の研究者の貢献も大きい。東大大気海洋研究所で研究にいそしむ著者たちが繰り出す動物たちの海中行動報告は、臨場感あふれる。著者が強調するのは、速く泳げる動物たちも、「普段はゆったり泳ぐ」ことだ。サボって余計なエネルギーを使わないことこそ、最も良く生きる道。でもイルカなどは大いに遊ぶようで、そこにもひとすじ縄でいかない「生物」の面白さがある。
    −−「今週の本棚:海部宣男・評 『シロアリ』『サボり上手な動物たち』」、『毎日新聞』2013年03月10日(日)付。

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