覚え書:「書評:『アップダイクと私――アップダイク・エッセイ傑作選』 ジョン・アップダイク著 評・尾崎真理子」、『読売新聞』2013年03月24日(日)付。




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『アップダイクと私――アップダイク・エッセイ傑作選』 ジョン・アップダイク

評・尾崎真理子(本社編集委員
その生涯と文学の神髄


 1970年代、アメリカの生活をこの人から教わった。それなりに長い読者でいたけれど、この本によって初めて対面できた気がする。

 米文学界を代表する文豪の遺作群から評論集7冊を選び、そこから絞り抜いた26編。心躍る訳文を凝らした、エッセイと書評の大傑作選だ。76年の生涯の要所もあまねく浮かび上がる。

 5歳でディズニーの「白雪姫」に魅了され、漫画家志望でハーバード大へ入学したとは意外。超一流誌「ニューヨーカー」編集部ですぐに頭角を現し、1957年、25歳の時にボストン郊外の生活をスタートさせている。以来50年、<私は何度も家を替え、教会の宗派を替え、妻を替えた。私の版元は何度も人手に渡った>。けれども水曜の晩には、決まって隣人たちとポーカー。<腕前ときたら並ですらないのに>

 こうした日常の積み重ねこそ、『走れウサギ』はじめ長編だけでも23作に及ぶ創作活動の、堅固なバックボーンだったのだ。

 映画(ならエロール・フリン)、ベースボール(中でもテッド・ウィリアムズ)、ゴルフ、美術、性。およそ自国文化に死角はないぜと言わんばかり、記憶に溜ため込んだ固有名詞とゴシップを満載した文章のパレードが続く。その小説の主人公より、作者は激しい人のよう。

 一番の読みどころは後半の作家評で、ヘンリー・ジェイムズを論じながら、<作者が大衆に差し出すべきは、作者自身、それだけなのだ>。プルーストボルヘス、J・チーヴァーらへ向けては、宝石で作ったナイフのような指摘を、20世紀文学の同じ高みからグサリと放つ。日本文学への造詣も深く、谷崎の病的な耽美たんびに共振し、村上春樹の『海辺のカフカ』と神道の関係をここまで熱心に解こうとしていたとは。

 編訳者の若島正(森慎一郎と共訳)は<正当に認められる日は、はたして来るのだろうか>と解説を結んでいるが、心配ご無用。本書によってその日はついに訪れた。

 ◇John Updike=1932〜2009年。『カップルズ』『クーデタ』『金持になったウサギ』など著書多数。

 河出書房新社 2400円
    −−「書評:『アップダイクと私――アップダイク・エッセイ傑作選』 ジョン・アップダイク著 評・尾崎真理子」、『読売新聞』2013年03月24日(日)付。

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