覚え書:「書評:タックス・ヘイブン 志賀櫻著」、『東京新聞』2013年5月12日(日)付。




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【書評】

タックス・ヘイブン 志賀櫻 著

2013年5月12日

[評者]武田徹=ジャーナリスト
血税が流出する構図暴く
 本書の冒頭に日本の納税者の所得税負担率を示す図がある。所得額が増えれば税負担率も増える。累進課税制なので当然だ。ところが所得一億円で税負担率は最高に達し、以後減り始めて所得百億円に至るとピークの半分以下になってしまう。株式の売却益に特別税制が適用されるのでそんな逆転現象も起きるのだ。そう説明されて来た。だが著者はそこに疑問を抱く。そこでは所得自体が過小に計上されており、富裕層ほど納税率が低くなる「逆進」は実はもっと酷(ひど)いのではないか、と。
 金融監督庁創設時に初代の特定金融情報管理官を務めて以来、著者は国内外の機関でタックス・ヘイブンを利用した不正行為の取り締まりに関わってきた。タックス・ヘイブンとは、まともな金融規制の法律を欠き、逆に強い秘密保持法制を持つ地域や国のこと。そこを経由させると資金の追跡が極めて困難になるので高額所得者が所得隠しに利用したり、マネーロンダリングやテロ組織の資金集めの場にもなる。
 加えて本書が浮き彫りにするのは、国民に納税の義務を課している国家が、その一方でタックス・ヘイブンを保護し、所得隠しや納税回避を手助けしているねじれた構図だ。
 実は日本も例外ではない。日本の直接海外投資先の三位はタックス・ヘイブンとして悪名高いケイマン諸島なのだ。こうした疑惑の色濃い資金の流れはアベノミクスで金融緩和が進むと一段と増えるのではないか。
 税は国家が国民の稼ぎの上前をはねる上納金ではない。所得に応じて公平に徴収され、正しく再分配されて国民生活を豊かにする経済の「血液」である。それが正しく循環しているのか、市民社会が監視するには、資本主義が負った深手の傷口のようなタックス・ヘイブンを通じて血税が流れ出てしまう仕組みをまず知る必要がある。タックス・ヘイブンの裏も表も熟知した一人である著者が記した本書は、その格好の入門書となろう。
 しが・さくら 1949年生まれ。東京税関長などを経て、現在弁護士。
岩波新書・798円)
◆もう1冊 
 C・シャヴァニューほか著『タックスヘイブン』(杉村昌昭訳・作品社)。脱税や資金洗浄などグローバル経済の闇に迫る一冊。
    −−「書評:タックス・ヘイブン 志賀櫻著」、『東京新聞』2013年5月12日(日)付。

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