覚え書:「書評:日本の景気は賃金が決める 吉本佳生著」、『東京新聞』2013年6月2日(日)付。




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【書評】

日本の景気は賃金が決める 吉本佳生 著

2013年6月2日


◆格差縮小の必要性を説く
[評者]根井雅弘=京都大教授
 景気をよくするにはどうしたらよいかという議論が盛んに行われているが、本書は、賃金格差の拡大が不況を深化させたという基本的な立場に立って政策提言した問題提起の書である。
 安倍内閣の発足以来、マスメディアによく登場するようになった「アベノミクス」とは、「三本の矢」(大胆な金融政策、機動的な財政政策、産業の成長戦略)に支えられた経済政策のことである。このなかで「大胆な金融政策」がとくに注目を浴びているが、著者は、たとえ2%のインフレ目標が達成されたとしても(円安や資源価格高騰によって達成される可能性はあると著者はみている)、それは例えば複数の子供がいて教育費のたくさんかかる世帯に打撃を与えるので景気回復にはつながらないと言う。
 現在、「男女間」「企業規模の大小」「正規・非正規などの雇用形態」「勤続年数の長短」による賃金格差が歴然と存在しているが、弱い立場にいる労働者ほど消費性向(所得のうち消費に回す割合)が高いのだから、「賃金格差の大幅な縮小なくして、本格的な景気回復はない」と著者は主張する。論理は明快だ。
 評価が分かれるとすれば、第三次産業の比重の重さ(いまや全体の75%を占める)や担保となりうる都市部の不動産を重視するあまり、大胆な金融政策が不動産価格の上昇と都市への人口集中を招いてサービス業を中心に需要が増大していくことに期待をかけているところだろう。バブルになってもかまわないという意見は大胆だ。
 名目賃金の下落に注目してデフレを語るのはケインジアンなら理解しやすいが、景気の動向をみるには、消費ばかりでなく、シュンペーターがいうような革新投資(将来の需要につながるようなイノベーション)にも注目すべきだろう。景気回復のために次から次へと提言が出てくるのは、それだけ景気回復への国民の期待が大きいことの反映なのだろう。
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 よしもと・よしお 1963年生まれ。エコノミスト、関西大特任教授。
講談社現代新書・840円)
◆もう1冊
 岩本沙弓著『バブルの死角』(集英社新書)。現在進行中のバブルが崩壊する前に、強者だけを利する経済ルールを改めるよう主張。
    −−「書評:日本の景気は賃金が決める 吉本佳生著」、『東京新聞』2013年6月2日(日)付。

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