覚え書:「書評:アメリカン・コミュニティ 渡辺靖著」、『東京新聞』2013年06月09日(日)付。




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アメリカン・コミュニティ 渡辺靖 著

2013年6月9日

◆せめぎ合う多様な共同体
[評者]越智道雄=明治大名誉教授、英語圏文化
 本書の狙いは、九つの共同体を糸口にアメリカでせめぎ合う「対抗言説」の雛型(ひながた)を提示することにある。一九五〇〜六〇年代に世界に広がった「対抗文化」は左派に偏ったアメリカだが、著者は今日のアメリカで最も目立つ、要塞(ようさい)化された住宅地「ゲーテッド・コミュニティ」とスタジアムを教会化した福音派の巨大教会「メガチャーチ」を右派の過激化の実例とする。
 今日、右派の過激化の前衛はティー・パーティで、彼らは共和党領袖を振り回し、領袖らは押っ取り刀でオバマ政権に噛(か)みついてみせないと落選の憂き目を見る。アメリカでは左派の過激化より、秘密結社KKK(クー・クラックス・クラン)をはじめ、右派の過激化のほうがはるかに多い。右派は奴隷制を破壊された怨念を受け継ぎ、猛烈な勢いで最先端科学を取り入れて前進するアメリカ本流からあえて取り残される道を選ぶ。右派の心の支えはメガチャーチで、終末論に拠(よ)ってアメリカの前進を相対化する右派の心理を、本書では「再魔術化」と呼ぶ。近代化は「脱魔術化」だったが、右派は再び魔術に回帰する道を選ぶのだ。
 他方、強烈な平等意識と私有財産制ゆえに個人が孤立するアメリカでは、それへの対抗言説として、本書のブルダホフのように財産共有制の人為的左派共同体が多い。またボストン南部の貧民街、ダドリー街がNPOによって再生される感動的な経緯も、全米の都心貧民街で起きた出来事だ。アメリカの貧民街は都心にあって交通至便なので、街が再生されると、かつてそこを逃げ出した白人が戻ってくる。結果、街はハーレムのように「高級化」され共同体でなくなっていくが、ダドリー街はまだそうはなっていない。
 そのほか、犯罪激発のアメリカの縮図である刑務所で生計を立てる町、中流の理念から人工的に造られた都市、米領サモアと、幅広い共同体探訪によって本書はアメリカの多様性に迫る。

 わたなべ・やすし 1967年生まれ。慶応義塾大教授。著書『文化と外交』など。
(新潮選書・1365円)
◆もう1冊 
 渡辺靖著『アメリカン・デモクラシーの逆説』(岩波新書)。自由、多様性などにみられる転倒現象に着目して現代アメリカを再考。
    −−「書評:アメリカン・コミュニティ 渡辺靖著」、『東京新聞』2013年06月09日(日)付。

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