覚え書:「書評:東京放浪記 別役実著」、『東京新聞』2013年06月09日(日)付。




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東京放浪記 別役 実 著

2013年6月9日

◆人生模様を生む風景
[評者]佐藤洋二郎=作家
 著者は進学のために長野から東京に出てきたが、そのまま五十余年東京で暮らしている。文化が混沌(こんとん)とした都市から生まれるとすれば、劇作家の著者が東京に留(とど)まるという必然性はある。所帯を持ち、目黒、芝、六本木、広尾、永福町と移り住みながら、多くの話題作や問題作を世に送り出した。振り返ればそれも刺激のある都会にいるからだともいえる。
 そして本書のキーワードとなっているのが喫茶店だ。それというのも著者の仕事場所が自宅ではなく、いつも喫茶店の片隅だからだ。それは七十六歳になった今も変わらない。都会の落ち着く店を探しては通い続けているが、今日では、どの街も変貌した。高層ビルが聳(そび)え、路地はなくなってきた。犬や猫も生きにくそうだ。それは人間も同じだろう。落ち着いた喫茶店を探すのも一苦労だ。
 それでも、わたしたちは光の群れに集まる生き物のように、はなやかな都会が好きだ。文化や芸術が都市からはじまるということも知っている。手にしたい書物もある。劇場や美術館もある。流行も早い。そんな環境の中で生きられる喜びは大きい。著者もそんな都会をこよなく愛している。
 本書は落ち着いた静かな文章で、都会を放浪する演劇人としての人生模様を描いているが、文章の合間から東京の懐かしい香りが届いてくる。

 べつやく・みのる 1937年生まれ。劇作家。著書『不思議の国のアリス』など。
平凡社・1890円)
◆もう1冊 
 佐藤洋二郎著『東京』(講談社)。西新宿、葛西、飯田橋など東京の街を舞台に、男女の情念を描く十二篇の物語。
    −−「書評:東京放浪記 別役実著」、『東京新聞』2013年06月09日(日)付。

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東京放浪記
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別役 実
平凡社
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