覚え書:「書評:近代農業思想史 祖田修 著」、『東京新聞』2013年6月23日(日)付。




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近代農業思想史 祖田修 著

2013年6月23日


◆生き方まで問われる農学
[評者]玉真之介=徳島大教授
 農業は、市場経済の言いなりになることを拒んできた存在かもしれない。いつの時代でも強くはないが、人に生き方を問うてきた。本書は、そんな農業・農学の姿を近代から現代までの農業思想史としてまとめたものである。
 話はケネー、スミスの時代から始まる。それは、人間と自然を分離した自然観と科学技術に基づく市場経済社会の始まりでもあった。産業革命と同様、農業革命もイギリスで起こった。それを観察し農学を体系化したのはドイツ人のテーアであり、続いてリービッヒ、メンデル等々、農学は科学的となり、農業生産力は高まっていた。
 しかし、しだいに工業から立ち遅れていく。生産の担い手は依然として資本ではなく小農だった。資本主義への批判として登場した社会主義は、この小農問題の克服も目指していた。集団化や国営農場、人民公社…。しかし、それらは失敗だった。本書は、ある意味で二十世紀の総括の書でもある。
 大恐慌から戦後再生した資本主義の下で、農業は資本の力で「化学化」「工業化」を推し進め、自然と人間性を破壊しながら突き進んでいる。それが農業・農学に根源的な反省を迫っている。それに対して著者は、「生産の農学」に替わって、生態環境価値と生活価値を目指す「生の農学」、さらに経済価値を総合する「場の農学」を提起する。この地域と読み替えても良い「場」の重視こそ、著者の真骨頂といってよい。
 著者は、地方産業振興に尽くした前田正名(まさな)の研究者である。現実に寄り添い、実際科学として成果を挙げる農学の使命は「場」で果たされる。そこがケインズに代表される「リベラルな保護主義」の拠(よ)り所にもなる。学問の専門化と細分化が進み、全体像が見えなくなっている中で、本書は、農業・農学に関心を持ち、これから学ぼうとする人たちに、二十一世紀の農業・農学の論点と課題を示し、多数のヒントを与えてくれる必読書である。
 そだ・おさむ 1939年生まれ。京都大名誉教授。著書『コメを考える』など。
岩波書店・2730円)
◆もう1冊
 木村茂光編『日本農業史』(吉川弘文館)。農耕の始まりから国際化の現代の問題まで、日本人に食を提供してきた農業の歴史を解説。
    −−「書評:近代農業思想史 祖田修 著」、『東京新聞』2013年6月23日(日)付。

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近代農業思想史――21世紀の農業のために
祖田 修
岩波書店
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