覚え書:「書評:メディアとしての紙の文化史 ローター・ミュラー 著」、『東京新聞』2013年6月30日(日)付。




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【書評】

メディアとしての紙の文化史 ローター・ミュラー 著

2013年6月30日


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◆心血注がれた手紙
[評者]小倉孝誠=慶応大教授
 Eメールが一般化した現在、手紙を便箋に書くことは稀(まれ)になってきた。また電子書籍が広く普及すれば、紙媒体の本の価値が変わっていくだろう。とはいえそれは近年の現象で、人類は長い間、私的にも公的にも紙をいつくしみ、紙と深く関わってきた。本書は、その紙の文化的意義を歴史的にたどってみせる。
 中国とアラビアで生まれた紙がヨーロッパ文化の主役になるのは十五世紀、グーテンベルク活版印刷術を発明してからである。印刷業は紙を必要とし、したがって製紙業の発達をうながした。しかし、当時はまだ手書きが主流で、印刷が手稿を消滅させたわけではなかった。
 手で書かれ、印刷されないものの代表が手紙。十七・八世紀は書簡の時代とも呼ばれ、人々は入念に便箋を選び、手紙に心血を注いだ。紙を媒体とする手紙には、強い情動が込められていたのだ。そして「紙の時代」である十九世紀、木材パルプだけから紙が製造できるようになり、紙の価格が下がった。それは定期刊行物(ジャーナル)の発展を助け、紙がメディアをになう主要な物質になったのである。
 西洋諸国全体を対象にし、作家や哲学者の興味深い証言を数多く引用している点で、視野の広い歴史書であり、紙と印刷業をめぐる文学史としても読める。本書で使われている紙の肌触りも独特で、装丁もまた美しい。
 Lothar Muller 1954年生まれ。ドイツの作家・ジャーナリスト。
(三谷武司訳、東洋書林・4725円)
◆もう1冊
 M・マクルーハン著『グーテンベルクの銀河系』(森常治訳、みすず書房)。印刷技術の歴史、人との関係を考察。
    −−「書評:メディアとしての紙の文化史 ローター・ミュラー 著」、『東京新聞』2013年6月30日(日)付。

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メディアとしての紙の文化史
ローター ミュラー
東洋書林
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