覚え書:「書評:周五郎伝 虚空巡礼 齋藤愼爾 著」、『東京新聞』2013年07月21日(日)付。



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周五郎伝 虚空巡礼 齋藤愼爾 著

2013年7月21日


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◆愛着と反発が照らす実像
[評者]高橋敏夫=文芸評論家
 山本周五郎ファンには、まことに不快な書かもしれない。半可通のファンは近づくな。しかしこの書がつきつける不快さを避ければ、本当のファンにはとどかない。この不快さを十分にうけとめねば、作家と作品の不思議な関係がついにわからぬままになろう。
 周五郎への疑問と反発と糾弾の書である。同時に、そしてそれ以上に、周五郎文学への愛着と信頼と肯定の書である。本書では、この両極があるいは拮抗(きっこう)し、あるいは手をたずさえつつ、新たな周五郎世界をうかびあがらせようとする。こうした批評のダイナミズムは、著者が敬愛し、随所で参照する吉本隆明をも超える。
 六〇年安保闘争の挫折と周五郎文学による救いという極私的体験に始まる「序章」から、出生地の虚偽問題、学歴にまつわる謎へ。質屋山本周五郎商店とのかかわり、結婚、馬込文士村での生活、直木賞辞退、戦中、戦後の生活へ。従来のオマージュ一辺倒の周五郎像を退ける著者の周五郎評はときに、女衒(ぜげん)的な人間認識、作家の神経ではない、語るに落ちる、異常など苛烈(かれつ)をきわめる。戦後の『柳橋物語』から、代表作と目される『樅ノ木は残った』『よじょう』、晩年の『虚空遍歴』などの詳細な検討でも定説の破壊が続く。著者が愛する『青べか物語』『その木戸を通って』『おさん』は「六〇年安保の年」前後の作品だという。
 この周五郎にしてこの作品あり。後書では、周五郎作品を読まずに通過するのは「生涯の損失」と記される。
 『周五郎伝』だが、ひとり周五郎の生活と作品の軌跡を辿(たど)るにとどまらず、さまざまな補助線をひき、周五郎が生きた時代と社会と精神の全体をいけどりにする。著者の『ひばり伝 蒼穹流謫』『寂聴伝 良夜玲瓏』同様、ぶ厚くならぬはずがない。結果、「映画化作品」と「俳句作品」の章を省いたという。他者の批評の丁寧すぎる紹介でやや薄らいだ作品への激烈な愛情吐露とともに、是非、読みたいものだ。
 さいとう・しんじ 1939年生まれ。俳人、評論家。著書『読書という迷宮』など。
白水社・3570円)
◆もう1冊
 山本周五郎著『樅ノ木は残った』(上)(下)(新潮社)。「山本周五郎長篇小説全集」の第一、二巻として刊行。伊達騒動を扱った代表作。
    −−「書評:周五郎伝 虚空巡礼 齋藤愼爾 著」、『東京新聞』2013年07月21日(日)付。

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