覚え書:「書評:パウル・ツェラン 飯吉 光夫 著」、『東京新聞』2013年10月13日(日)付。

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パウル・ツェラン 飯吉 光夫 著

2013年10月13日


ユダヤ詩人の魂読む
[評者]守中高明=詩人・早稲田大教授
 戦後ドイツ語圏における至高の詩人パウル・ツェラン−その作品を半世紀にわたって傑出した翻訳を通して紹介し続けてきた第一人者による全論考をまとめた一冊だ。没後四十年以上を経た今日、ツェランはその栄光を極めつつあるように見える。たとえば、ドイツのズールカンプ社から全十六巻の歴史校訂版ツェラン全集』が刊行されることによりその仕事の全貌が明らかになり、夥(おびただ)しい学術論文が世界中で書かれることで、詩人の地位は不動のものとなったかのようだ。
 だが、ツェランを読む営みは、文献学的環境が整えば進むわけではない。著者はここであえて「研究」に背を向け、詩人の心に、「魂」に寄り添うことを選んでいる。それは決して素朴な態度ではない。ナチの強制収容所によって両親を虐殺され、みずからも強制労働を辛くも生き延び、ルーマニアの小都からパリへと亡命し、しかし、戦争のトラウマに起因する重度の精神障害の果てに自死するほかなかったユダヤ詩人の「魂」は、知的な理解以上の何かを強く要求するのだ。
 それは「無の、誰でもないものの/薔薇(ばら)」なのだと詩人は言う。残虐な歴史の重荷を担い、狂気と境を接して、だが「ぼくらは花咲くことをねがう/あなたに/むけて」と。
 ここには、現代の究極の存在倫理が鮮やかに描き出されている。
白水社・3360円)
 いいよし・みつお 1935年生まれ。ドイツ文学者。著書『傷ついた記憶』など。
◆もう1冊
 『改訂新版 パウル・ツェラン全詩集』(1)〜(3)(中村朝子訳・青土社)。ナチズムに翻弄された詩人の個人完訳全詩集。
    −−「書評:パウル・ツェラン 飯吉 光夫 著」、『東京新聞』2013年10月13日(日)付。

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