覚え書:「書評:かくて老兵は消えてゆく 佐藤 愛子 著」、『東京新聞』2013年10月13日(日)付。

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かくて老兵は消えてゆく 佐藤 愛子 著

2013年10月13日


◆冷徹に退き際見つめ
[評者]岸本葉子=エッセイスト
 エッセイはリズムである。かったるい調子だと、読み通してもらえない。本書は小気味よいテンポでもって、一編一編最後まで読者を引っ張っていく。この勢いを保てる体力と集中力は、並でない。
 来月、九十歳を迎える作家のエッセイだ。八十五を過ぎ、いったんは楽隠居をめざすが、そうはいかなかった。新聞、テレビ、訪問客を通し、世の動きは嫌でも目や耳に入る。震災とそれに続くさまざまなできごと、事なかれ主義。ペンを執らずにいられない。
 そのエネルギーもそろそろ尽きた。「怒りん坊将軍」と呼ばれてきたが、自らは「老兵」と称し、消えゆくのみと。
 まだまだ書けるのに、早過ぎる。そう言うのはたやすい。が現代の高齢者は、老いをめぐる主観と客観の間で揺れ動く。著者に限った話ではないのだ。
 長命になった。が、人間の肉体は進化しておらず、むしろ退化した。衰弱を補う技術が進化しただけ。補聴器しかり、眼鏡しかり。情報や刺激にさらされれば、欲がわくし、もの申したくもなる。
 憤激を得意技としてきた著者だが、自らに注ぐ視線は冷徹だ。周囲が引退勧告をしたくてしにくいようになる前に「消える」選択をした。連載の幕引きである。
 長命の時代、退(ひ)き際をどうするかは、多くの人が向き合う問題だ。決断の例を、老兵は身をもって示してみせた。
文芸春秋・1470円)
 さとう・あいこ 1923年生まれ。作家。著書『幸福の絵』『院長の恋』など。
◆もう1冊
 佐藤愛子著『血脈』(上)(中)(下)(文春文庫)。作家の父佐藤紅緑、異母兄ハチロー…。一族の壮絶な生き方を描く大河長編。
    −−「書評:かくて老兵は消えてゆく 佐藤 愛子 著」、『東京新聞』2013年10月13日(日)付。

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かくて老兵は消えてゆく
佐藤 愛子
文藝春秋
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