覚え書:「書評:蓼科日記 抄 『蓼科日記』刊行会 編」、『東京新聞』2013年10月20日(日)付。



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蓼科日記 抄 「蓼科日記」刊行会 編

2013年10月20日

◆小津映画を囲む人々
[評者]稲川方人=詩人
 小津安二郎の映画はその多くが野田高梧(こうご)の脚本で撮られている。戦後は昭和二十四年の『晩春』以降、代表作『東京物語』をはじめ遺作の『秋刀魚の味』まですべて二人の共同脚本だ。主な執筆の地となったのが、野田が山荘を持っていた長野県蓼科(たてしな)だった。山荘にはノートが置かれていた。「来訪された方はかならずこの日記に何かお書き留め下さい」
 昭和二十九年八月十八日、小津が初めて山荘を訪れた日から四十三年九月二十三日、野田がそこで急逝する日まで、ノートは十八冊に及んだ。本書は、脚本執筆の進捗(しんちょく)を中心にして抄録されたものだが、当時の映画界の二人の巨匠を囲む人々の様子が、まさに走馬灯のように甦(よみがえ)る貴重な記録となっている。世代や境遇を超えた人と人との深い交わりが、山荘の四季の中に刻まれているのだ。
 昭和三十年代の蓼科までの交通事情、山荘での食料事情、小津と野田が好んだ相撲やプロ野球の勝敗結果、別荘地として注目されはじめた当時の蓼科の不動産事情などがこまめに記されており、興味は尽きない。また適切な表現かどうか「愛人」と記されている、生涯独身であった小津の女性関係が明らかになってもいる。小津の癌(がん)発覚から死去までが記録されている昭和三十八年の記述が重い。
 没後五十年、いまだ新しい小津映画の面影がこの一冊に忍ばれる。
(「蓼科日記」刊行会発行、小学館スクウェア発売・3990円)
 刊行会は松竹会長の大谷信義らを発起人に結成、代表は小津組の山内静夫
◆もう1冊 
 小津安二郎著『僕はトウフ屋だからトウフしか作らない』(日本図書センター)。映画や兵士体験を語るエッセー集。
    −−「書評:蓼科日記 抄 『蓼科日記』刊行会 編」、『東京新聞』2013年10月20日(日)付。

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