日記:ワシントンの子孫如何と問う


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処で私が不図胸に浮かんで或人に聞て見たのは外でない今華盛頓(ワシソトン)の子孫は如何なつて居るかと尋ねた所が其人の云ふに華盛頓の子孫には女がある筈だ 今如何して居るか知らないが何でも誰かの内室になつて居る容子だと如何にも冷淡な答で何とも思つて居らぬ これは不思議だ  勿論私も亜米利加は共和国 大統領は四年交代と云ふことは百も承知のことながら 華盛頓の子孫と云へば大変な者に違いないと思ふたのは 此方の脳中には 源頼朝徳川家康と云ふような考へがあつてソレから割出して聞いた所が 今の通りの答に驚いて 是れは不思議と思うたことは今でも能く覚えて居る。理学上の事に就ては少しも胆を潰すと云ふことはなかつたが 一方の社会上の事に就ては全く方角が付かなかつた。
    −−福澤諭吉述『福翁自伝時事新報社明治32年、102−103頁。

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先日、大阪のDQN番組「たかんじんの云々」にて自称「憲法学者」の竹田恒泰氏が在特会を擁護する発言をし、そのことが問題になっている。まるっきり根拠のない「ネットで真実(オワタ」を根拠に暴論を公共の電波を使って、さも事実であるかのように吹聴することは、知識人としていかがなものなのか、というのは言うまでもない話ですが、その応援者だけでなく、本人すらも「血筋」を「売りもの」にしていることは、それに輪をかけて卑劣なことだと思う。

個人を個人と見ることによってしかその人物を判断することはできない。血筋やなにかになんてぜんぜん関係ない。

ここで思い出すのは、竹田氏が奉職する慶應義塾創立者福澤諭吉の『福翁自伝』の一節(「ワシントンの子孫如何と問う」)。

条約批准のため咸臨丸で渡米した際、日本では君主の子孫がどうのこうのが大事だから、アメリカ国民がワシントンの子孫がどうなっているのかと福澤諭吉は聞く訳ですが、誰も知らないことに驚愕したという。



おれの先祖はすごいんやんでとか、そういう認識像が日本社会には未だに根強く残っている。しかし、大事なのはその人に即してという話だろう。

日本的封建制度のどうしようもなさと激しく戦った福澤諭吉ですら、その認識に刷り込まれている馴致には、なかなか気づくことができなかったことを示すエピソードは正直に語るその態度は、後に自身でそれを新たに認識し直し、次へ紡いでいく。

「天は人の上に人を造らず」はその自身の苦闘から生まれたマニフェストなんですよ。





福翁自伝 - 国立国会図書館デジタルコレクション


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