覚え書:「書評:命の格差は止められるか イチロー・カワチ 著」、『東京新聞』2013年10月20日(日)付。

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命の格差は止められるか イチロー・カワチ 著

2013年10月20日


◆健康は社会の仕組みから
[評者]湯浅誠=社会活動家
 ドラマチックな本だ。
 著者は公衆衛生を専門とするハーバード大学教授。平易な語りの中に豊富な実証研究の成果が盛り込まれ、健康は一人ひとりの意識だけでなく、教育・仕事・人間関係といった社会全体の環境整備が不可欠だと主張する。「貧困な親に生まれないよう気をつけよう」と言っても、問題は解決しない。
 「おたがいさま」といった地域交流や、やりがいのある仕事が健康によいことなどを示しつつ、長寿大国・日本の良さが失われつつあることに静かな懸念を表明する著者の筆致には、十分な説得力がある。ただし、ドラマチックなのはそのことではない。
 終章、著者は正しいことは正しくないと記述を転換する。公衆衛生は健康と社会環境の関係を究明し、「健康のために◯◯しよう」という正しい呼びかけを行ってきた。しかしそれは、ジャンクフードを好ましいと消費者に思い込ませる民間企業の死活を賭けた戦略にかなわなかった。理性は感情に勝てない。りんごもマクドナルドのハッピーセットから取り出せば、子どもはおいしく感じるのだ。だから、行動経済学の成果を踏まえながら、民間企業の手法に学ぶ必要があると言う。
 健康は社会の仕組みを変えなければ解決しない。しかし、個人の意識と行動が変わらなければ、社会の仕組みは変えられない。そして個人の意識と行動は、理性に訴えるだけでは十分には変わらない。だとすれば、理性的にかつ正しく書かれたそれまでの記述はどこに不時着するのか。
 私はこの難問を、きわめて好意的に受け止めている。なぜならそれは、すべての社会課題に共通する普遍的な難問でもあるから。本当の難問にぶつかることこそ、希望にほかならない。その意味で私は、勝手ながら本書を、著者がさらに深く、より戦略的に、実践的領域に介入していく宣言と受け取った。次回作はいっそう人をワクワクさせるものになるだろう。
小学館101新書 ・ 756円)
 イチロー・カワチ 1961年生まれ。ハーバード大教授・内科医。
◆もう1冊 
 M・マーモットほか著『21世紀の健康づくり10の提言』(西三郎日本語版総監修・日本医療企画)。健康を社会的決定要因から検討。
    −−「書評:命の格差は止められるか イチロー・カワチ 著」、『東京新聞』2013年10月20日(日)付。

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