覚え書:「記者の目:フランスに学ぶ少子化対策=宮川裕章(パリ支局)」、『毎日新聞』2014年01月08日(水)付。


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記者の目:フランスに学ぶ少子化対策=宮川裕章(パリ支局)
毎日新聞 2014年01月08日 東京朝刊

(写真キャプション)パリのパリカオ保育学校の2歳児クラス。保育学校は基本的に無料で、3−5歳の児童のほぼ全員を受け入れる=2013年11月、宮川裕章撮影

 ◇子どもを持つ幸福感

 フランスの子育て事情と家族政策を報告する連載企画「子どもと家族の大国」(12月10−13日)を担当した。少子化に悩む日本とは対照的に出生率「2」を維持するフランスは何が違うのか。長年の家族政策と高い負担を受け入れる国民、そしてそれらの支えとなる「子どもを持つ幸福感」がうまく循環し、国に自信を与えているように見える。100年後には人口半減も予測される日本は、どのような将来を選択するか。国民全体が相当な覚悟で議論する必要があると改めて思う。

 出生率2・01のフランスと1・41の日本。フランスに暮らすと、2人以上の子どもを連れた家族の多さに意識しなくても気付かされる。

 フランスの家族政策の起源は第一次大戦後の人口減少の危機感にさかのぼり、第二次大戦後、税控除制度などを整備した。1970年代以降の女性の社会進出や高学歴化で、先進国では総じて出生率が低下したが、フランスは家族関係手当を拡充するなどし、90年代半ばに回復に転じた。

 ◇「水平の連帯」 国民が納得

 取材した、子どもが8人の夫婦は大家族を優遇する税控除で15年間、所得税がゼロで済んだ。フランスの公教育は3歳から始まり、大学卒業までほぼ無料だ。その裏には重い負担がある。家族政策予算に国内総生産(GDP)比1%の日本を大きく上回る3・8%をつぎ込むが、国民から大きな異論は出ない。子供を育てる家計の負担を国民全体で支える「水平の連帯」の考え方が定着しており、高負担を国民が納得しているからだ。その結果、女性が出産を機に職場を離れる率も低く抑えられている。髪振り乱して子育てと仕事に奮闘する日本の女性のような悲壮感を、日常生活や取材を通じてフランス女性に感じることはない。

 一方、日本の状況は全く異なる。私が大学生だった90年代初頭。出生率が落ち込んだ89年の「1・57ショック」が社会を揺るがし、ゼミで話し合ったのを覚えている。だが20年以上たった今も事態は変わらない。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、出生率が現在の水準だと、現在1億2800万人の人口は、50年後に8700万人、100年後には4300万人となる。議論しないまま受け入れてよい未来なのだろうか。

 一昨年12月の衆院選前、日本の事情にも詳しい仏経済学者のジャック・アタリ氏に日本の長期的課題について尋ねると、一番に人口問題を挙げ「なぜ主要な争点にならないのか分からない」と不思議がった。国の将来を決める緊急で重大な問題だとの認識からだ。人口の少ないコンパクトな国家を目指すのも選択肢だが、下がり始めた出生率をコントロールする難しさをアタリ氏は指摘した。

 かつての大国フランスも今ではGDPが日本の半分程度で、低成長と失業率が10%を超える不況に悩んでいる。それでもフランスに住むと、国民の根源的な将来への不安は日本より小さく思える。2005年にフランス女性の希望する子どもの数は平均2・7人に達し、取材したフランス人の多くが「今、3人以上の子どもを育てるのが当たり前のような社会の雰囲気だ」と実感を語った。国民が将来に大きな不安を抱えていれば、ありえない話だ。

 一方、日本の統計では、夫婦が理想とする子どもの数は10年、過去最低の2・42人になった。子育ての負担などから、控えめな希望も実現できていない現状がある。産みたい人が産める社会を実現させなければならない。

 ◇社会に希望と活力を与える

 これまで多くの日本の研究者がフランスを訪れ、家族政策を研究しているが、その成果が十分に政策に反映されていない。そこには予算の絶対的な不足のほか、フランスの家族政策の充実が、親族間で助け合う家族本来の機能を失わせるという根拠のない批判もある。だが、フランス人に長く接すると、日本人と同等かそれ以上に家族と過ごす時間を大切にしているのを実感する。過度のフランス異質論は、学べるものから目をそらさせる恐れがある。

 私は取材を通じ、日本人が忘れてしまったような子どもを持つ幸福感をフランス人の家族に感じ、それが不況の中でも社会に希望と活力を与えているように思った。日本は国の将来を左右する家族・人口政策をどうするか、その負担をどこまで覚悟するのか。政治が未来に向けた国家ビジョンを国民に問い、国民は緊迫感を持って議論しなければならないと強く思う。フランスから学べるものはまだまだあるはずだ。
    −−「記者の目:フランスに学ぶ少子化対策=宮川裕章(パリ支局)」、『毎日新聞』2014年01月08日(水)付。

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