覚え書:「今週の本棚:井波律子・評 『岩波 世界人名大辞典』=岩波書店辞典編集部編」、『毎日新聞』2014年01月19日(日)付。


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今週の本棚:井波律子・評 『岩波 世界人名大辞典』=岩波書店辞典編集部編
毎日新聞 2014年01月19日 東京朝刊

 (岩波書店・2万9400円)

 ◇世界史に輝きを放つ人々を知る喜び

 さまざまな情報が氾濫する現代、古今東西、もろもろの人物について、正確な知識を迅速に得たいと思うこともしばしばだ。全世界を対象とする『岩波 世界人名大辞典』は、そうした要求にぴったり当てはまる外国人人名辞典である。収録項目総数は三万八千余り、このうち東アジア・東南アジアの人名は一万二千項目にのぼる。この中には、七千項目以上の中国の人名が含まれる。こうして全世界の特記すべき人物像が、時空を超えて綺羅(きら)星のごとく居並び、それぞれ固有の輝きを放つさまは、壮観というほかない。

 ここには歴史上、実在した政治家、文学者、芸術家、科学者など、古代から現代までの多様なジャンルの旗手がくまなく収録され、明快な解説によって正確な情報を得られる。中国に例をとれば、政治ジャンルでは、漢の高祖劉邦(りゅうほう)から習近平まで、文学ジャンルでは屈原(くつげん)から莫言(ばくげん)まで、芸術ジャンルでは「書聖」王羲之(おうぎし)から現代の画家徐悲鴻(じょひこう)までというふうに、精密かつ網羅的にとりあげられている。これに加えて、中国の人名につきものの字(あざな)や号などの別名が記載され、自在に知りたい人物にアプローチできるのも便利だ。

 また、ビッグな人物のみならず、各時代に何らかの意味で、瞠目(どうもく)すべき痕跡を残した人物もまた、遺漏なくとりあげられている。これまた、中国に例をとれば、四世紀の東晋(とうしん)時代の大政治家謝安(しゃあん)はむろんのこと、その姪(めい)で古今きっての才媛の誉れ高い謝道〓(しゃどううん)も、有名なエピソードとともに具体的に紹介されており、きめ細かな配慮がうかがえる。

 さらにまた、実在の人物のみならず、神話伝説、文学作品などに登場する架空の人物も、数多く収録される。文学作品では、ボヴァリー夫人やダンテス(モンテ=クリスト伯)、『水滸伝』の豪傑魯智深(ろちしん)や『紅楼夢』の賈宝玉(かほうぎょく)等々に加え、ルパンやホームズまでとりあげられ、彼らが登場し活躍する物語世界のエッセンスに触れることができる。

 このほか、従来の分野に加えて、ポップカルチャーやスポーツなど、現代の新しい分野に積極的に踏み込んでいるのも、この辞典の大胆にしてゆたかな試みである。

 クラシックの巨星ベートーヴェンモーツァルトと分け隔てなく、ボブ・ディランエリック・クラプトンローリング・ストーンズなどが続々と登場するさまを見ると、愉快な気分になってくる。なお、ストーンズもそうだが、ここでは個人名のみならず、グループ名で立てられた項目もある。はなはだ個人的な話だが、私の偏愛する北米のロックグループ、ザ・バンドの項目もあり、簡にして要を得た解説で、メンバー、代表アルバム、グループの特徴などが記されており、大いに喜ばしく思った。

 映画や演劇のジャンルにもむろん多くの項目が立てられ、たとえば、アラン・ドロンロミー・シュナイダー、香港映画のチョウ・ユンファ、中国映画のコン・リー等々、東西屈指の映画スターの項目では、それぞれの代表作が丹念に収録、紹介されている。

 このように、広い視野に立って、およそ考えられるかぎりのジャンルを網羅し、古今東西の膨大な人名を収録したこの辞典の最大のメリットは、着実な資料にもとづき、正確な情報を記載していることであり、読む楽しみを味わいながら、ゆったりと知識を身につけることができる。巻末の欧文および漢字の索引もすこぶる充実している。
    −−「今週の本棚:井波律子・評 『岩波 世界人名大辞典』=岩波書店辞典編集部編」、『毎日新聞』2014年01月19日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140119ddm015070006000c.html





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