覚え書:「書評:濱口雄幸伝(上)(下) 今井 清一 著」、『東京新聞』2014年1月19日(日)付。

        • -

濱口雄幸伝(上)(下) 今井 清一 著  

2014年1月19日


◆強く明るい政治めざして
[評者]櫻井良樹=麗澤大教授
 一九三○(昭和五)年十一月十四日、濱口雄幸(おさち)首相は東京駅で狙撃された。犯人は、金解禁と緊縮財政が農村の窮乏を招き、ロンドン軍縮条約が統帥権を干犯したとして、政党政治に反感を持つ右翼青年であった。濱口はその傷がもとで翌年八月に死亡した。狙撃された時に発した「男子の本懐」という言葉は、政策を貫き通した姿を体現したものとして有名となった。本書は濱口の本格的な伝記である。
 著者は長く日本政治史研究をリードしてきたが、驚くことに原稿は昭和三十年代のものだという。その頃著者は、「人物の姿が描かれていない」と批判された『昭和史』執筆者の一人であった。ところが本書は、公開前の濱口日記など多くの史料により、濱口の姿を生き生きと描いている。その後の史料発掘により、もの足りない部分もあるが、丸山幹治筆記のような、いまだ全貌が不明な史料も用いられている。
 それよりも、本書刊行の意義は、政党政治の発展過程を明確にしている点にあろう。政党をして政局の指導権を非立憲勢力から奪いとることに、力ずくで成功した原敬の勃興期。第一次大戦後の新思潮と民衆運動に対応した議会制度の改革をめざし、政党内閣原則を剛(つよ)い意志で実現した加藤高明の全盛期。政策を明示して世論に問い、その支持により責任をもって政策を実現するだけでなく、政党政治に対する大衆の信頼を得ることを重視し、そのために正しく強く明るき政治をめざした濱口の爛熟(らんじゅく)・衰退期というものである。
 評者は最近、加藤の伝記を出したが、言いたいことがすでに含まれていたことにも驚いた。著者は、すでに出版されていた原敬日記を読んでいたはずだが引用していない。そこに原の見方を相対化しようとする見識を感じた。また濱口が重視した大衆から政党政治への信頼感を得るための努力と、日本が世界から信頼されるための国際協調政策は、現在の政治においても依然として必要であると考えさせられた。
(朔北社・(上)2310円(下)2100円)
 いまい・せいいち 1924年生まれ。近代史研究者。著書『大正デモクラシー』。
◆もう1冊 
 城山三郎著『男子の本懐』(新潮文庫)。軍事費削減や行政改革にとり組んだ濱口雄幸井上準之助、その生涯と志を描いた小説。
    −−「書評:濱口雄幸伝(上)(下) 今井 清一 著」、『東京新聞』2014年1月19日(日)付。

        • -



http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014011902000167.html





Resize0064

濱口雄幸伝〈上巻〉
濱口雄幸伝〈上巻〉
posted with amazlet at 14.01.22
今井 清一
朔北社
売り上げランキング: 87,228

濱口雄幸伝〈下巻〉
濱口雄幸伝〈下巻〉
posted with amazlet at 14.01.22
今井 清一
朔北社
売り上げランキング: 130,254