覚え書:「記者の目:『当事者研究』の可能性=山寺香(生活報道部)」、『毎日新聞』2014年01月24日(金)付。
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記者の目:「当事者研究」の可能性=山寺香(生活報道部)
毎日新聞 2014年01月24日 東京朝刊
◇「個の違い」分断を共感へ
「当事者研究」をご存じだろうか。
精神障害や発達障害などの当事者が、同じ障害の仲間と自分たちの症状を研究する。自分が抱える漠然とした困難に他者にも通じる言葉を与えて発信し、苦しみの軽減に役立てる。最近は新しい学問領域として注目され始めた。ほかにも、認知症の当事者ら声を上げにくい人の孤立を解消する可能性を秘めており、広く知ってほしい営みだ。
◇困難抱える本人の視点で
「声の出し方が分からない」「『暑い』『寒い』の感覚が分からない」−−。発達障害の人が感じる困難の一例だ。とっぴに聞こえるため、症状がない人には理解されず、苦しんできた当事者は多い。
当事者研究は、北海道の精神障害者らの活動拠点「浦河べてるの家」で2001年に生まれた。その後、薬物依存症、発達障害、認知症の人などに広まり、全国に60以上のグループがあるという。
当事者の語りは以前から重視され、研究者や医師らが聞き取って論文などにまとめてきた。しかし、そこには限界があり、困難を抱える本人が重視する要素が抜け落ちることがあった。これに対し、当事者研究は語りから分析、公表までを当事者が担う。当事者の視点の脱落を防ぎ、切り離されてきた本人と社会とをつなぐ役割も持つ。
私は、昨年10月の朝刊連載「生きる物語 『弱さ』の向こう側」(計10回)の取材で当事者研究を知った。取材したのは小児科医、熊谷(くまがや)晋一郎さん(36)。出生時の酸欠で脳性まひになり、電動車椅子で暮らす。特任講師として勤務する東大先端科学技術研究センターで当事者研究の理論化に取り組む。
熊谷さんの共同研究者が、発達障害の一種、自閉症スペクトラム障害を抱えるパートナーの綾屋紗月(あややさつき)さん(39)だ。綾屋さんは現在、同じ障害の仲間と研究に取り組んでいるが、研究を始めるきっかけは熊谷さんとのやりとりだった。綾屋さんの話を熊谷さんが聞き取り、一つ一つの苦しみに2人でぴったりくる言葉を当てはめていった。
例えば、綾屋さんはおなかがすいたという感覚が分からない。それが研究の結果、「頭がかゆい」「胃のあたりがへこむ」「肩が重い」など、多くの身体感覚が同じ強さで存在し、どれが空腹を意味するのか判断できないと分かった。綾屋さんにとっては、自分の症状が初めて納得のいく形で説明できた。原因が分かれば対処法も生まれる。2人は「コミュニケーション障害」の一語で扱われてきた発達障害を、「身体内外からの情報を絞り込み、意味や行動にまとめあげるのがゆっくりな状態」と定義し直した。
この表現なら、症状がない人にも分かる。そして、さまざまな情報の絞り込みを助ける技術や支援があれば、コミュニケーションが楽になる。
2人の作業をまとめた「発達障害当事者研究」(医学書院)を読み、自分とは違うと感じていた発達障害者の世界が「そういうことか」と納得でき、私にも地続きの世界だと実感した。内外の刺激を過度に感じ、生活に支障が出ているようだが、それは程度の差はあれ私にもある感覚だ。
◇生活を改善する新技術にも発展
研究の成果は、当事者の生活を豊かにする研究や制度に役立てることもできる。
東京大を中心とする大規模な研究が12年に始動した。熊谷さんらも参加するプロジェクトで、文部科学省から新学術領域として5年間で約10億円の助成を受ける。当事者研究のほか、医学、心理学、脳科学、ロボット工学、情報学の分野が参加。人の発達メカニズムを当事者研究からの仮説を含む新たな視点で検証し、同時に、発達障害の当事者が苦手な音や視覚刺激を減らし、必要な情報だけを抽出する技術などの開発も行う。
一方で、当事者研究には「個人的で主観的な体験を普遍化できるのか」という疑問がよく投げかけられる。これについて、プロジェクト代表の國吉康夫・東大大学院情報理工学系研究科教授は「従来の科学研究は『客観性』にとらわれるあまり、発達研究に大切な個の違いを軽視してきた。個性に合った支援と理解には、当事者の視点が不可欠だ」と意義を語る。
切実な苦しさから生み出された説得力のある言葉は「自分とは違う世界」の境界を超え共感でつなぐ力を持つ。「障害の有無によらず、職場などストレスが発生する場では当事者研究の手法が役立つ」と熊谷さん。誰もが少数派になり、何らかの困難を抱える「当事者」になりうる時代だ。当事者研究が蓄積してきた、分断された絆を回復させる手法を広く共有し、生かすべき時だと思う。
−−「記者の目:『当事者研究』の可能性=山寺香(生活報道部)」、『毎日新聞』2014年01月24日(金)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20140124ddm005070034000c.html
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