覚え書:「今週の本棚:三浦雅士・評 『近代世界システム 1−4』=I・ウォーラーステイン著」、『毎日新聞』2014年01月26日(日)付。



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今週の本棚:三浦雅士・評 『近代世界システム 1−4』=I・ウォーラーステイン
毎日新聞 2014年01月26日 東京朝刊

 (名古屋大学出版会・各5040円)

 ◇資本主義はなぜ、格差と貧困を生み続けるのか

 高所から俯瞰(ふかん)してはじめて意味をもって見えてくる光景がある。一九七四年、ウォーラーステインがその『近代世界システム』の第一巻を上梓(じょうし)したとき、読者の多くはそう感じただろう。邦訳は一九八一年。そこにはこれまでとはまったく違う世界史があった。

 イギリス産業革命が近代資本主義を生んだのではない、近代資本主義がイギリス産業革命を生んだのだ。簡単に言えばそういうことだが、ウォーラーステインはこの近代資本主義に「世界経済」という名称を与え、それ以前に世界各地に発生した経済的繁栄は「世界帝国」にすぎないとした。エジプトも漢もローマも「世界帝国」にすぎない。「世界帝国」は富を直接的に収奪するが、「世界経済」は資本による利潤追求というかたちで間接的に収奪する。これまで資本主義が「世界システム」として稼働し「世界経済」を形成したのは唯一ヨーロッパにおいてのみであって、それはローマ帝国の崩壊後、群小国家が割拠し、小さな国際関係を形成し、いわば国際的な分業をするようになったからである。こうして中核、周辺、半周辺という役割を担う国家あるいは地域が十六世紀のヨーロッパにおいて形成され、十八世紀末から十九世紀にかけて地球大に広がり、二十世紀へといたる。資本主義はシステムとして収奪する国と収奪される国を作り上げなければ存続できない。

 中核においてヘゲモニー国家が形成されるが、これまで十七世紀のオランダ、十九世紀のイギリス、二十世紀のアメリカの三例があるにすぎない。それぞれ三十年戦争フランス革命ナポレオン戦争、両次世界大戦という、期間的にもほぼ三十年の「世界戦争」を経て覇権を握った。いまやアメリカがヘゲモニーを失いつつあるが、その後を担うのがEUになるか東アジアになるか予測できない。

 要点は以上。マルクス主義退潮後、その欠を補うように登場した総合理論という印象が強い。資本主義がなぜいまも格差を生み貧困を生み続けるのか、見事に説明する。

 第一巻「農業資本主義と『ヨーロッパ世界経済』の成立」、第二巻「重商主義と『ヨーロッパ世界経済』の凝集 1600−1750」、第三巻「『資本主義的世界経済』の再拡大 1730s−1840s」と刊行されてきたが、二〇一一年、第四巻「中道自由主義の勝利 1789−1914」の刊行に合わせて他の三巻も新たな序文を付して刊行された。邦訳もそれに準じ、二〇一三年、全四巻が新たにまとめて刊行された。四十年前に第一巻が刊行されたときには四巻で終わるはずだったが、アメリカの世紀である二十世紀を論じなければ収まりがつかなくなった。第五巻は「一八七三年から一九六八年ないし八九年まで」と、第四巻の序章で予告する。ウォーラーステイン八十三歳。脱帽する。

 第四巻は文化論の要素が濃い。フランス革命後、保守主義自由主義、急進主義という三つのイデオロギーが生まれ、自由主義があとの二つを飼い慣らした。経済学、社会学政治学はこのイデオロギーに沿って生まれた。人類学と東洋学も同じ。前者は植民地の、後者は半植民地の研究である。この延長上でバナールの『黒いアテナ』の主張に賛意を呈している。おそらく、岡田英弘杉山正明らの提唱するモンゴルの視点に立つ世界史にも賛意を呈するだろう。

 膨大な注と参照文献には驚かされるが、トリリングやオーデンとの親交で有名なバーザンにまで言及している。ウォーラーステインはニューヨークのユダヤ系知識人の伝統に属すと思わせられた。(川北稔訳)
    −−「今週の本棚:三浦雅士・評 『近代世界システム 1−4』=I・ウォーラーステイン著」、『毎日新聞』2014年01月26日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140126ddm015070046000c.html





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