覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 社会保障費抑制に危機感=本田宏」、『毎日新聞』2014年02月12日(水)付。


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くらしの明日 私の社会保障
社会保障費抑制に危機感
加速する政治の右傾化
本田宏 埼玉県済生会栗橋病院院長補佐

 1月25日、さいたま市で開かれた埼玉県政を医療・平和・経済の視点から検証するシンポジウムに参加した。そこで、歴史認識と平和分野を担当した演者から、この数年間に県議会文教委員会で「高校の採択教科書や修学旅行の事前学習が自虐史観的だ」と問題視する動きがあったとの紹介があり、驚いた。
 さらに、県は「平和に対する県民の意識の高揚を図り、平和な社会の発展に寄与する」ことを目的に開館した県平和資料館の館長職を廃止し、代わりに県広聴広報課長を責任者にした。資料館への県民の声を聞く運営協議会もやめ、2013年10月のリニューアルオープンでは、昭和史年表から日本側の加害を示す事項が削除されるなど、解説趣旨から外れているともとれる方向性があると報告された。
 その3日後、下村博文文部科学相が「21世紀のグローバルな人材育成のため」として、中・高校向けの学習指導要領の解説に、尖閣諸島竹島を「わが国固有の領土」と明記することを発表した。加えて今通常国会では、教育行政の最終権限をだれが持つかについて見直す法案が提出されようとしている。
 強行採決された特定秘密保護法もあり、昨年12月29日付の米有力紙ニューヨーク・タイムズも「日本の右傾化」に懸念を表明した。歴史を振り返れば、右傾化して愛国心が強調される社会においては、国民の命は二の次、三の次になってきた。軍事費の増額や、個人の権利の抑制が当然のこととされ、社会保障の充実は後回しにされるのが常だった。
 14年度予算案を見てみると、防衛関係予算が尖閣諸島問題への対応の必要性などを理由に前年度比2・2パーセントも増えた。この伸び率は18年ぶりの高さだ。一方、政府は「社会保障と税の一体改革」をうたい、消費税の増税を実施するなどして社会保障を充実させると説明してきたが、実際増税分を充当するには、今回の診療報酬改定の引き上げでも十分ではない。先進国最高レベルとなっている病院窓口での患者の自己負担の大きさを放置し、今春からは70〜74歳の医療費が1割から2割に増額されるなど、さらなる患者の負担増も計画されている。
 18世紀、英国の文学者サミュエル・ジョンソンは「愛国心はひきょう者の最後の隠れ家」という言葉を残している。日本では未曾有の超高齢社会が目前に迫るが、日本の社会保障予算は、医療費の増大が国を脅かすという「医療費亡国論」に基づき、先進国最低レベルに抑制されてきた。国民の危機感と愛国心をあおって、限られた予算を防衛分野などに配分する一方、社会保障予算をさらに抑え、国民負担を増やすような政治は許されるものではない。
ことば 医療費亡国論 当時の厚生省保険局長が1983年に発表した「医療費が増え続ければ国家がつぶれる」という私見。その後、国は医療費を抑制する方向に転換し、経済規模に対する医療費支出の割合が先進国で最低レベルが続いてきた。
    −−「くらしの明日 私の社会保障論 社会保障費抑制に危機感=本田宏」、『毎日新聞』2014年02月12日(水)付。

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