覚え書:「今週の本棚・本と人:『シベリア抑留者たちの戦後』 著者・富田武さん」、『毎日新聞』2014年02月16日(日)付。



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今週の本棚・本と人:『シベリア抑留者たちの戦後』 著者・富田武さん
毎日新聞 2014年02月16日 東京朝刊

 (人文書院・3150円)

 ◇躊躇を払い、踏み出した一歩−−富田武(とみた・たけし)さん

 シベリア抑留を巡っては、大学人による研究が立ち遅れた。本書はそうしたなか、アカデミズムにおける荒野を切り拓(ひら)いてきた著者による労作だ。

 ソ連関東軍の兵士ら日本人およそ60万人を自国領などに連れ去り、6万人もの犠牲者を出した「シベリア抑留」は、人類史に黒々と刻印されるべき悲劇だ。帰還者らによる手記は膨大にある。大学の研究者たちには、資料を駆使し、抑留を歴史軸の中で俯瞰(ふかん)することが求められていた。だが長く、大学人たちの動きは鈍かった。

 自身、大叔父が抑留経験者だ。ソ連史と日ソ関係史を専門とする研究者としても、早々に研究に着手してもおかしくない。なぜ遅れたのか。以前は「抑留者の団体が政治的に分裂しており研究者が躊躇(ちゅうちょ)した。またソ連が長い間基本的な公文書を公開しなかった」などと答えてきた。だがそれは「タテマエだった」。「日本帝国主義の大陸侵略の尖兵(せんぺい)だった関東軍将校を研究することへの躊躇もありました」

 だが、抑留経験者の平均年齢が90歳と高齢化する中、忘れられようとしている抑留を歴史にしっかりと位置づける使命感、つまり「抑留はスターリニズムそのもの。研究者としてこれを避けて通ることはできない」との思いも高まった。2010年、「シベリア抑留研究会」を創設。大学人のみならず、面識のない新聞記者、在野の研究者らにも参加を要請。20回近くの例会やシンポジウムなどで、研究の基盤を整備してきた。

 さらに帰還者団体の機関紙やロシアの公文書資料などを活用しつつ、抑留経験者への聞き取りも進めてきた。占領下のメディアが抑留問題をどう伝えたか。残された家族はどんな運動をしたのかなど、これまで手つかずだった歴史を掘り起こした。ソ連に残った人物や、ソ連のエージェントになった人物にも光を当てた。

 研究上、大きな一歩だ。「もっと早く着手してくれていれば」という、憾(うら)みはある。だがゼロと1の間には大きな差があることも事実だ。68歳。今春、成蹊大の教授を退く。「それでも生涯、学者を貫きます」。「鳥の目」と「虫の目」を持つまれな存在として、さらなる研究と発信が期待されている。<文と写真・栗原俊雄>
    −−「今週の本棚・本と人:『シベリア抑留者たちの戦後』 著者・富田武さん」、『毎日新聞』2014年02月16日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140216ddm015070015000c.html





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