覚え書:「書評:遊動論 柳田国男と山人 柄谷 行人 著」、『東京新聞』2014年02月16日(日)付。

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遊動論 柳田国男と山人 柄谷 行人 著

2014年2月16日


◆山人に見いだす「社会主義
[評者]安藤礼二多摩美術大准教授
 民俗学という学問を独力で創り上げてしまった柳田国男について、現在ではこう述べられることが多い。柳田は初期に研究しようとしていた比較民俗学的な「山人(やまびと)」研究から、一国民俗学的な「常民」研究に転向した。その点に柳田の限界が存在している。柄谷行人は、そうした通説を徹底的に斥(しりぞ)ける。柳田が一国民俗学を提唱したのは日本がアジアに進出した戦争期であり、一国民俗学植民地主義への抵抗の原理として存在していた。
 柳田は生涯「山人」という理念を手放すこともなかった。「山人」を普遍的な観点から反省し、「常民」という新たな理念として総合したのだ。現実の「山人」たちが生活を営んでいる山奥深い村に、柳田は「別の社会、別の生き方」の可能性を見出(みいだ)した。「山人」はロマン派的かつ文学的な幻想ではなく、「稲作農耕民以前の狩猟採集民」の生活形態を捨てず、集団としての「遊動性・ユートピア性」を維持し続けている人々のことを意味していた。
 人々の自治と相互扶助、つまり協同組合あるいは「協同自助」の問題こそ、民俗学以前から一貫して柳田が追求していた問題である。柳田は「山人」の中に、「国家と資本」の原理を超える、来るべき新たな時代の「社会主義」の原理を発見したのである。その原理は、人間の古層に存在するとともに、人間に未来を拓(ひら)くものでもある。
 私は本書で主張された見解のすべてに同意することはできない。折口信夫の学についての理解は充分(じゅうぶん)ではないと思うし、原初の遊動性にまで遡(さかのぼ)る「固有信仰」についても、柳田の祖霊論だけでは十全に論じきることはできないのではないかと考えている。
 しかしながら、「山人」を柳田国男の可能性の中心として読み解くことによって、この小さな書物から、解釈と実践の新たな運動が始まることもまた疑い得ない。狭い学問分野を解体し、歴史と哲学が一つに結ばれ合う新たな表現が生まれ出てくることも、また。
(文春新書・840円)
 からたに・こうじん 1941年生まれ。哲学者。著書『世界史の構造』など。
◆もう1冊 
 赤坂憲雄著『東北学/忘れられた東北』(講談社学術文庫)。稲作以前の縄文文化の色濃く残る東北から柳田民俗学の欠落を埋める論集。
    −−「書評:遊動論 柳田国男と山人 柄谷 行人 著」、『東京新聞』2014年02月16日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014021602000160.html





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