覚え書:「今週の本棚・本と人:『カノン』 著者・中原清一郎さん」、『毎日新聞』2014年03月30日(日)付。
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今週の本棚・本と人:『カノン』 著者・中原清一郎さん
毎日新聞 2014年03月30日 東京朝刊
(河出書房新社・1800円+税)
◇記憶交換で問われる人間存在−−中原清一郎(なかはら・せいいちろう)さん
主人公、歌音(カノン)のラストの叫びに胸を突かれた。「ラストは初めから決めていました。そこへ向かって書いていきました」。子を思う母の愛情を主軸に据え、高齢化社会や先端医療における思考実験を盛り込んだSFをものした。読者の心と体に、未知の違和感やおかしみがはい上ってくるに違いない。問われるのは人間存在の根源だ。
舞台は約10年後、近未来の日本。記憶をつかさどる脳の海馬の移植が可能になっている。末期がんで余命わずかながら意識は晴明な58歳の男性・北斗と、肉体は健康ながら急速に記憶を失いつつある32歳の女性・歌音が脳間海馬移植に臨む。その目的は、歌音の4歳の男の子から母親を失わせないため。夫や子供、職場の同僚の目には今までと変わらぬ歌音とはいえ、その中身は北斗なのだ。
著者の本名は外岡秀俊。東大在学中の1976年に書いた小説『北帰行』で注目されたが、翌年に朝日新聞社に入って記者となり、編集局長まで務めた。11年に早期退職して故郷の札幌へ戻り、母と毎晩のように語らった。「僕は北斗と同じく、仕事人間でした。子育てにはノータッチ。でも、母の昔話を聞いていると、私を育てるのに注いだエネルギーのものすごさを初めて知りました」。その感慨が歌音の造形に生きた。
読み進めるうちに、人格とは何かを突き詰めたくなる。イコール記憶なのか。それが心なのか。それはどこにある?脳か肉体か、それらの外側か。記憶交換により北斗が入り込んだ歌音は子育てに苦悶(くもん)する。北斗の精神と歌音の肉体の激しいせめぎ合いでもある。荒唐無稽(むけい)な設定かと思うと、化粧の仕方の習得に始まって、世の男たちの目線(歌音は美人だ……)もリアルに描かれる。この本のために、ファッション雑誌を山のように買って勉強したという。
「少子高齢化が進む中で生産性を維持するには、女性と高齢者と移民がもっと市場に参入するしかない。今の男社会は門前払いしている。介護も子育ても、お母さん一人に押しつけていては未来はないと思います」
自分とは異質な存在を理解し、受け入れることで立てる地平。その明るさと強さを歌い上げた。<文と写真・鶴谷真>
−−「今週の本棚・本と人:『カノン』 著者・中原清一郎さん」、『毎日新聞』2014年03月30日(日)付。
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http://mainichi.jp/shimen/news/20140330ddm015070046000c.html