覚え書:「今週の本棚:大竹文雄・評 『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』=大阪大学ショセキカプロジェクト・編」、『毎日新聞』2014年04月13日(日)付。

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今週の本棚:大竹文雄・評 『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』=大阪大学ショセキカプロジェクト・編
毎日新聞 2014年04月13日 東京朝刊

 (大阪大学出版会・1620円)

 ◇答えが分からない問題の解、求める

 「ドーナツを穴だけ残して食べる方法を考えてください。」あなたはこんな質問にどう答えるだろうか。

 穴はそもそもドーナツの一部ではないのだから、それを残すこと事態が無理ではないのか。いや、ドーナツの穴というのは、穴の周りのドーナツが存在して初めて穴となるのだから、穴の周りのドーナツを残して食べればそれでいいのではないか。普通なら議論はこれで終わりそうなものだ。普通ではないのが、大学教授と呼ばれる人間たちだ。こういう質問を学生たちから受けると、それぞれの学問の専門分野に応じて彼らは延々議論を始める。

 そもそもこの「ドーナツの穴問題」は、ネットで議論され始めたのだからその発生源を調べだす人(松村真宏(なおひろ)氏)がいる。その上で、そもそもインターネットでのクチコミがどのように伝播(でんぱ)していくかというご自身の研究成果への紹介につなげていく。

 穴の周りのドーナツをどれだけ薄く残せるのかということを「切る」「削る」という工学的な側面から分析する人(高田孝氏)がいる。まず、ドーナツの材料を分析し、機械加工に適していないことを示す。その上で、手、口、はさみ、ナイフという人力によってどこまで削れるかを考える。ただ、そこで終わらないのが、工学部の先生だ。ドーナツを樹脂などで固形化させてからの旋盤、フライス盤での加工ならどこまで薄くできるかを検討する。さらには、レーザーを使うことまで考える。結果的には、人力と機械にそれほど違いがない、という結論だ。さすがに、真面目な工学の先生らしい。

 大学教授らしい回答を寄せているのは、文学部の田中均氏と理学部の宮地秀樹氏だろう。美学を専門とする田中氏は、「ドーナツを食べればドーナツがなくなる」ということ自体に反論する。プラトンハイデガーの議論をもとに、食べられるドーナツというのは本物のドーナツでない、とさんざん議論したあげく、食べられるドーナツについては「ドーナツは家である」と結論づける。

 数学者の宮地氏に至っては、4次元空間を持ち出してくる。しかも問題を「ある人がドーナツの穴に指を通してドーナツの穴を認識したまま、別の人がドーナツを食べることができるか」という問題に定義し直している。そして、4次元空間ならそれが可能だという論証をするのだ。

 ここまでは本書の一部にすぎない。精神医学、歴史学、人類学、分子化学、法律学、経済学など様々な分野の専門家が、ドーナツという言葉をもとに、各分野のアプローチを一般向けに解説する。各章末には、ブックガイドもあるので、興味をもった読者は深く調べることもできる。世界9カ国のドーナツ事情を紹介するコラムも章の間に挟まれている。

 この本は、一般の人だけではなく、高校生にも有益だろう。高校生にとっては、勉強とは質問に対する正解を覚えることだ。既存の知識をきちんと獲得することは学問をする上での基本だ。しかし、研究の最前線や現実の社会ではそれだけではだめだ。答えが分からない問題に対して解が求められている。問題を発見し定式化する能力と、それを解決する能力の両方が必要だ。そのためには、自分の専門分野を他分野の人に分かりやすく説明し、違う分野の人の意見にも触れることが大切だ。本書はそうした学問の現場を体感させてくれる。この本は、阪大の学生たちが中心になって作成したものだ。本の可能性はまだまだあると思わせてくれる。
    −−「今週の本棚:大竹文雄・評 『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』=大阪大学ショセキカプロジェクト・編」、『毎日新聞』2014年04月13日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140413ddm015070026000c.html





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