覚え書:「そこが聞きたい:秘密保護法と向き合う モートン・ハルペリン氏」、『毎日新聞』2014年05月14日(水)付。

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そこが聞きたい:秘密保護法と向き合う モートン・ハルペリン氏
毎日新聞 2014年05月14日 東京朝刊

モートン・ハルペリン氏=内藤絵美撮影

 ◇国際原則への適合を−−元米国家安全保障会議(NSC)高官、モートン・ハルペリン氏

 米国防総省国家安全保障会議(NSC)で高官を務めたモートン・ハルペリン氏(75)が、日本の特定秘密保護法=1=を「21世紀に民主的な政府が検討した中で最悪の部類だ」と批判している。今年12月までに施行されるこの法律とどう向き合うべきなのか。【聞き手・青島顕、写真・内藤絵美】

−−日本政府は秘密保護法によって米国などと情報共有が可能になると説明しています。法律ができたことで、日米関係は今後変化すると思いますか。

 全く変わらないと思います。米国政府は以前から日本と秘密裏に協議することがありました。核政策でさえ、日本の秘密法制が弱いからといって、情報を共有するうえでの支障は何もありませんでした。確かに米政府内には日本に強力な秘密法制の制定を望む人はいたでしょうが、要求リストの上位ではなかったはずです。貿易問題、日本のナショナリズムの復活、中国や韓国との領土問題などに比べれば、米国にとって秘密保護法はささいな問題なのです。

−−日本政府は秘密保護法は国際的な常識だとさえ言います。

 正しくありません。日本の既存の法律の方が、国際的な常識に見合っています。施行までに取るべき最善の策は、秘密保護法の改正です。市民に対する刑事罰をなくすこと、公益のための政府関係者や公務員による内部通報の保護を明確にすることが大切です。改正できないなら、行政手続きで法の一部の施行を制限し、より国際原則に見合ったものにすべきです。

−−日本政府は、秘密保護法は「一般の人には関係がない」と強調し、「秘密の多くは衛星写真や暗号だ」と説明しています。「法の中で秘密の対象を列挙しているので、秘密の数が増えることはない」とも言っています。

 一般市民に直接関係があります。政府が何をしているかについて、国民が新聞、ラジオ、インターネットで得る情報の内容に影響するからです。暗号などを守りたいなら、個別の法律で公務員の漏えいを防げばよいのです。

 秘密の数が増えることはもちろん想定されます。彼らは増えないと考えているかもしれないが、間違っています。法律で守ることになれば秘密が増えることは避けられません。

−−法律の問題点の一つは秘密の範囲が広い点だとされます。

 その通りです。幅広く、包括的な秘密を対象とせず、種類を絞って、限定的にすべきです。米国自由人権協会(ACLU)にいた時、中央情報局(CIA)職員の身元を明らかにしたら処罰するという法案が出てきましたが、我々は賛成しました。工作員の身元を明かすことに公益はなく、機密のままで問題ありません。このように一つ一つ絞るなら問題はないのです。例えば安全保障上の作戦の細かい、具体的な情報が漏れる心配があるのなら、そういう種別の情報に限って対策を取る法律を作ればいい。しかし、全省庁にかかわるほど広範囲で、さまざまな種別にわたる秘密を対象にするのは問題です。

−−ハルペリンさんは国家安全保障と国民の「知る権利」とのバランスを取る国際基準「ツワネ原則」=2=策定に関わりました。情報公開重視の姿勢に「理想主義」「リベラル」と批判する意見もあります。

 ツワネ原則はさまざまな国の慣行を踏まえて、最善の手法を示しました。国民が政府のしていることを知っていれば、社会の力は強くなり、安全保障に関する国家の能力も高まります。両者は相反する価値だと思われがちですが、両方必要なのです。民主主義にとって、知る権利の重視は理想主義ではありません。

−−米国政府の仕事をされてきましたが、当時から同じ考えをもっていたのですか。

 1960年代と今とでは違います。きっかけはベトナム戦争に関する米国防総省の機密文書を巡る71年の「ペンタゴン・ペーパーズ事件」でした。執筆者の一人のダニエル・エルズバーグ氏が文書を新聞に公表することを政府が妨害しようとしていたと知り、当時の政府の行為は間違いだと考えるようになりました。

−−日本では国会による秘密指定の監視機関の設置が議論されています。

 米国で行政が議会の指摘を素直に受け止めることはありません。しかし、理論上、議会には「秘密解除すべきだ」と勧告する権限はあり、それが行政府にとっての歯止めになっています。情報は行政府のものだというのは古い考え方で、この10−20年で革命が起きています。情報は国民のものだと考えれば、議会に(監視の)権利が与えられても、三権分立には反しません。

 ◇聞いて一言

 米国の最高機密に触れ、日米の機微に触れる交渉の当事者でもあったハルペリン氏の発言は極めて重い。日本の政府や自民党は「一般の方には関係がない」「秘密の数は増えない」と言うばかりで、主権者である国民の疑問に誠実に答えていない。情報は国民のものだという基本的な認識に立てば、包括的な秘密法制には問題が多すぎる。最低でも行政の裁量で制定できる政令に基づいて運用することをやめ、第三者が秘密指定の是非を監督する仕組みを設けるべきだ。

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 ■ことば

 ◇1 特定秘密保護法

 国の安全保障にかかわる情報を、行政機関の長が「特定秘密」として指定し、漏らした人に最高懲役10年を科す。秘密の範囲を行政の都合で決める余地がある▽指定期間が一部は60年まで延長可能▽民間人も含めて身辺調査(適性評価)を受ける−−などの問題点が指摘されている。

 ◇2 ツワネ原則

 70カ国を超す500人以上の専門家が昨年6月にまとめた「国家安全保障と情報への権利に関する国際原則」。(1)国際人権・人道法に反する情報は秘密にしてはならない(2)秘密指定の期限や公開請求手続きを定める(3)全ての情報にアクセスできる独立監視機関を置く(4)情報開示による公益が秘密保持による公益を上回る場合には内部告発者は保護される(5)報道機関など非公務員は処罰の対象外とする−−など50項目を盛り込む。

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 ■人物略歴

 ◇Morton H.Halperin

 米国の核戦略専門家。ニクソン政権ではキッシンジャー大統領補佐官の下で沖縄返還交渉にあたった。現在、民間のオープン・ソサエティー財団上級顧問。 
    −−「そこが聞きたい:秘密保護法と向き合う モートン・ハルペリン氏」、『毎日新聞』2014年05月14日(水)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140514ddm004070007000c.html





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