覚え書:「書評:中小企業の底力 中沢 孝夫 著」、『東京新聞』2014年05月18日(日)付。

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中小企業の底力 中沢 孝夫 著

2014年5月18日


◆人が成長する現場に焦点
[評者]山岡淳一郎=ノンフィクション作家・東京富士大客員教授
 「働くこと」をめぐって極論が横行している。政府内では終身雇用、年功序列は成長の足かせであり、雇用の流動化こそ正しいとする規制改革論が喧(かまびす)しい。著者は「その多くは無意味というより実害のほうが大きい。現実に自らの人生を転換させようとしている人間は、法や制度によってではなく、自分で行動しているものである」と一蹴する。
 逆に、すでに雇用の流動化は進み、格差問題が深刻なのだから法改正をして正社員を増やせ、という声もある。これを「善意」と受けとめつつも「それは世の中の不満をかきたてることや、新たな困難を生みだすことはできても、『問題』を解決することはとても難しい」と断言する。視点が現実的だ。
 イデオロギーや感情に流されないのは、著者が千百社もの聞き取り調査を行い、「会社」の現場を熟知しているからだろう。本書は、東南アジアに進出した中小企業を中心に「よい会社の共通点」を探し出し、考えるための素材を示している。人材育成には長期雇用が望ましく、後輩が先輩を追いかけて成長するのは国内外を問わず、普遍的な姿だ。グローバル人材論は語学力、コミュニケーション能力を重んじがちだが、会社では何よりも仕事を覚えるのが先。人は、仕事を通して多様な意思疎通をし、成長していく。
 海外に出た中小企業は簡単には撤退できず、必死で現地に溶け込み、成長力を日本に還元している。産業空洞化論が陳腐に感じられる。ただし、一時的なコスト競争力に頼らず、成長を維持しようとするなら「コア」の技術を基盤にしたイノベーションが不可欠だと著者は説く。なるほど、と納得した。
 が、ひとつだけ疑問が残った。よい会社の共通点を分析した本書に求めるのは筋違いではあるが、従業員数人の町工場はどうやって生き延びればいいのだろう。海外に出られず、後継者もおらず、衰えている町工場は…。
ちくま新書・842円)
 なかざわ・たかお 1944年生まれ。福山大教授。著書『中小企業は進化する』。
◆もう1冊 
 奥長弘三著『小さな会社だからこそできる』(旬報社)。経営者と社員との信頼関係などに着目し、中小企業の魅力と可能性を探る。 
    −−「書評:中小企業の底力 中沢 孝夫 著」、『東京新聞』2014年05月18日(日)付。

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