覚え書:「書評:宗教改革の物語 近代、民族、国家の起源 佐藤 優 著」、『東京新聞』2014年06月08日(日)付。

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宗教改革の物語 近代、民族、国家の起源 佐藤 優 著

2014年6月8日


◆信仰者を介し、捉える歴史 
[評者]富岡幸一郎=文芸評論家
 二○○五年、『国家の罠(わな)』を上梓(じょうし)して佐藤優は颯爽(さっそう)と日本のジャーナリズム、ノンフィクション界に登場した。以後の旺盛な仕事は目を瞠(みは)るばかりであり、外務省で対ロシア外交の最前線で活躍したことから、政治・外交の分野での発言は常に注目され、今日に至っている。その多彩な言論活動から博覧強記の知識人の印象が強い。現に、佐藤はグローバル時代の思想家と呼ぶにふさわしいが、しかしこの知の巨人の根底にあるもの、彼の精神の背骨を形成しているものは何であるかは、意外に一般の読者に知られていない。
 本書は、まえがきで著者自身が述べているように、佐藤優という著述家の「過去と未来と現在」が「すべて盛り込まれ」ている。内容は書名のように宗教改革の時代、ルターやカルヴァンより百年前にチェコカトリック教会と対決し、異端の烙印(らくいん)を押され火刑にされたヤン・フスの教会論を軸に展開されている。ただしフス論でもなければ、神学の書でもない。フスの言動や聖書の言葉は多く紹介されているが、核心にあるのは、副題の「近代、民族、国家」の歴史と起源を、どのように捉えるかである。
 二十一世紀のいま、眼前で生起していることは、近代以降の世界史の巨大な地殻変動である。三百年、いや五百年のスパンで見なければ、この歴史の変動と亀裂の正体はわからない。著者はその正体を、フスという信仰者を媒介としながら、宗教改革を根本的に捉え直すなかで明らかにする。
 これは専門分化した学者(特に現在のキリスト教学者)には到底できないことだ。しかも同時に、沖縄人であり日本人であるという著者の来歴が、つまりアイデンティティーという近代人のテーマが重ねられている。そのとき、著者の背骨たるキリスト者としての地上の生き方が物語られ、人間中心主義としての近代の限界(終焉(しゅうえん))に立つ「現在」が、鮮烈な構図として示されている。
(KADOKAWA・3564円)
 さとう・まさる 1960年生まれ。作家。著書『獄中記』『自壊する帝国』など。
◆もう1冊
 山内志朗著『普遍論争』(平凡社ライブラリー)。近代では排除されがちな中世の宗教哲学の水脈を「普遍」の存在をめぐって検証。
    −−「書評:宗教改革の物語 近代、民族、国家の起源 佐藤 優 著」、『東京新聞』2014年06月08日(日)付。

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