覚え書:「書評:生き生きした過去 大森荘蔵の時間論、その批判的解読 中島 義道 著」、『東京新聞』2014年06月08日(日)付。


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生き生きした過去 大森荘蔵の時間論、その批判的解読 中島 義道 著

2014年6月8日


◆師を分析する哲学の姿勢 
[評者]南木佳士=作家・医師
 これまでに様々な本と出会ってきたが、それは縁があったからとしか言いようがない。うつ病で服薬を続けていた四十代のなかば、中島義道の『「時間」を哲学する』(講談社現代新書)を読み、未来は現在の想(おも)いに過ぎず、だれにも平等に隠されている、という意味の記述を見つけて、数年ぶりに大きな安堵(あんど)のため息が出た。
 中島義道の師が大森荘蔵と知り、その著作を読み始めていたころ、朝日新聞に彼のエッセイが載った。大森荘蔵独特の品のよい文章のなかに、「事実は、世界其(そ)のものが、既に感情的なのである。(中略)自分の心の中の感情だと思い込んでいるものは、実はこの世界全体の感情のほんの一つの小さな前景に過ぎない」との、うつ病患者にとってはどんな新薬よりもよく効く一節があった。のちに、このエッセイは死に至る病床での口述だったと知る。
 大森荘蔵の死から十七年、弟子の中島義道は師の哲学的主張の変遷を克明に分析し、そのすべてを冷静に、批判的に解読する。もちろん、病床で述べられた「天地有情論」さえも。
 しかし、その批判は、師から知識よりもはるかに多く哲学する姿勢を学びとった誠実な哲学徒として精確(せいかく)な論証を希求するゆえであり、それによって、大森荘蔵がなぜ「過去が生き生きと立ち現われる」とのグロテスクな持論に固執せねばならなかったのかを浮き彫りにするためでもある。
 大森哲学の基本となる「立ち現われ一元論」の瑕疵(かし)をわかりやすく指摘した著者だが、「中島君、そうではありません」と微笑(ほほえ)みながらもきっぱり否定する先生の姿が立ち現われてくるような気もする、と素直に述懐する。
 師が永遠の不在になったからこそ、彼の論の不整合を情実抜きに批判できるのだが、その優位性には、もはや師の進化を見られず、反論を聴けない、生き遺った者としての寂しさがつきまとう。そんな心情を表に出さぬ著者の姿勢が好著を生んだ。
河出書房新社・2700円)
 なかじま・よしみち 1946年生まれ。哲学者。著書『時間論』など。
◆もう1冊
 大森荘蔵著『時間と存在』(青土社)。「キュビズムの意味論」「色即是空実在論」などの章で、常識を覆す新しい哲学を展開。 
    −−「書評:生き生きした過去 大森荘蔵の時間論、その批判的解読 中島 義道 著」、『東京新聞』2014年06月08日(日)付。

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