覚え書:「書評:昭和の演藝 二〇講 矢野 誠一 著」、『東京新聞』2014年07月06日(日)付。

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昭和の演藝 二〇講 矢野 誠一 著

2014年7月6日


◆火花散らす客と芸人
[評者]倉田喜弘=芸能史家
 「昭和の演藝」といえば、きまって思い出す話がある。浪曲広沢虎造や寿々木米若(すずきよねわか)らが、佐官待遇として重爆撃機に乗り、南方戦線で戦う日本兵を慰問した。すでに日本には制空権のない一九四四(昭和十九)年、浪曲師たちは身命を賭して飛んだ。
 この出来事を知ったのは、当時十回にわたって連載された「東京新聞」の記事である。兵士たちは浪曲のひとふしに身も心も洗われ、喜びと感激のひとときを過ごしたにちがいない。
 戦時という極度に緊張感の漂う時代、本書の著者もこの時期を挟む戦中戦後に焦点を合わせ、落語、漫才、あるいは喜劇を題材に、熱っぽく書き綴る。一期一会ともいえる観客と芸人。両者の間に散る火花、迫力。それが、読む者をぐいぐいと引きずり込む。
 著者は演芸の中でも、とりわけ落語に愛着を抱いているようだ。最終章「藝の行方」では、その落語を例に、観客の体質が変わったと嘆く。「正直こんな時代に出会いたくなかった」と。
 底本は慶應義塾大学の講義録「昭和の大衆演藝」である。芸の劣化に注目し、危機感を訴えたかったのであろう。さらに著者は歩を進め、「諸悪の根源はテレビにある」と主張する。これは大きなテーマだ。評者は、楽しく読んできた本を伏せ、しばし考え込んでしまった。
 (岩波書店・2484円)
 やの・せいいち 1935年生まれ。演劇・演芸評論家。著書『昭和の東京』など。
◆もう1冊 
 堀井憲一郎著『落語の国からのぞいてみれば』(講談社現代新書)。落語の中の人々の姿から現代人の常識を問い直す。 
    −−「書評:昭和の演藝 二〇講 矢野 誠一 著」、『東京新聞』2014年07月06日(日)付。

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昭和の演藝 二〇講
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