覚え書:「特集ワイド:集団的自衛権 五野井郁夫・高千穂大准教授と見た首相の国会答弁」、『毎日新聞』2014年07月16日(水)付、夕刊。

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特集ワイド:集団的自衛権 五野井郁夫・高千穂大准教授と見た首相の国会答弁
毎日新聞 2014年07月16日 東京夕刊

(写真キャプション)衆院予算委員会の開会を待つ五野井郁夫・高千穂大准教授。「国家の大きな方針転換をするのですから、安倍首相はその場しのぎではなく、歴史に堪えうる説明が必要です」=国会内で14日、武市公孝撮影

 なんだろう、このもやもや感は。集団的自衛権の行使容認を巡る安倍晋三首相の説明がとても分かりにくいのだ。首相の肉声を聞けば、多少なりとも解消されるのか。気鋭の国際政治学者、高千穂大准教授の五野井郁夫さん(35)と、集中審議初日、14日の衆院予算委員会に出かけた。【江畑佳明】

 ◇「命守る」連呼、不安あおり 民主の「抑止力」議論にマジ切れ

 ◇「自衛隊員の命は…」傍聴席からおえつも/福島、財政…本当の危機どこへ

 衆議院本館3階、第1委員室が予算委員会の場所だ。午前9時前、委員会を見下ろす形の記者席にはテレビカメラが並ぶ。そのすぐ後ろに設けられた一般傍聴席は立ち見を含め定員40。すでに10人ほどが着席している。答弁側には首相、麻生太郎財務相(副総理)、岸田文雄外相、小野寺五典防衛相が並ぶ。

 最初の質問者は高村正彦自民党副総裁。「なぜ閣議決定なのか、わかりやすく説明を」と切り出した。そうだ、そこが聞きたい!という思いと、閣議決定のお膳立てをした当人が今更なんだ!との思いが交錯する。

 首相は「国民の命と平和な暮らしを守ることこそ、私の責務である」「これまでの憲法解釈のままでは国民の命と平和な暮らしを守るため十分な対応ができない恐れがある」と、これまでの記者会見と同様の言葉を繰り返す。

 この「国民の命を守る」だが、高村氏への1回の答弁で3回も発せられた。

 五野井さんは「ゲーリングと同じ手法です」と指摘する。ゲーリング? 「ナチスドイツの元国家元帥で、ニュルンベルク裁判で、人々を政治指導者の望むようにするのは簡単だ、と言っています」

 <国民に向かって我々は攻撃されかかっているとあおり、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればいいのです。このやり方はどんな国でも有効です>(ニュルンベルク軍事裁判、原書房

 五野井さんは「首相は国民を『生命の危険が及ぶほど厳しい環境にある』と脅しているんです。国民を不安にさせ安保政策が大事だと訴えることで、国の本当の危機を国民の視野の外へそらそうとしている。膨大な債務を抱え、破綻の可能性もある国家財政、東京電力福島第1原発もまだ収束作業の最中。こちらが本当の危機です」と解説する。

 質問の3番手は海江田万里民主党代表だ。「集団的自衛権行使によって抑止力が増すというが、これは1940年代の議論と同じだ。日本がドイツと同盟を組むことで抑止力が高まり、米国やソ連がたやすく攻めてこなくなる、と。抑止力が高まれば平和が保たれるのか」

 腕組みしていた首相が立ち上がり「40年代の世界と現代を、日独伊三国同盟と日米同盟を同列に扱うのは間違っています。野党第1党の党首なんだから、それで本当にいいのかなと思いますよ。抑止力を認めておらず、さすが民主党だと思いましたよ」と一気にまくしたてた。議場は騒然となり、室温が上がったみたいだ。首相は「冷戦構造下で日米安保条約の改正で抑止力が高まった」と続けた。

 「逆切れでなく、マジ切れでした。大人げない」と五野井さんはため息をつく。「『冷戦時の安保改定で抑止力が高まった』なら、現在は冷戦時よりも抑止力による平和が実現されつつあるという認識になる。実際、中国とは国交回復し、ソ連はロシアになって交渉可能な状態。『安全保障環境が深刻化したから集団的自衛権の行使を』という答弁と矛盾しています」。真剣に委員会を見つめている。「抑止力を高めるために、と日米同盟を強化すればするほど、米国を敵視していたテロの矛先が日本にも向き、新たな脅威を誘発しかねない。野党にはこういう点までもっと突っ込んでほしい」

 審議の途中、遠く運動会の歓声のようなものが聞こえてくる。デモだろうか?

 4番手は民主党元代表岡田克也氏だ。「自衛隊員のリスクが高まるはずだ」と追及するが、首相は「これまで同様、自衛隊員の安全を確保するのはいうまでもない」とかわした。記者席の後ろで「うっ」というおえつが聞こえた。振り向くと、女性が突っ伏して泣いている。一体何が?

 正午の休憩に話しかけようとしたら、衛視(係員)に「傍聴者への取材は禁止」と制止された。国会の外で改めて聞いた。女性は主婦で60代後半。戦後生まれだが、小学校の担任が長崎で被爆し、背中一面のケロイドを見せてくれた。そのショックが忘れられず、たまらずに傍聴にきたという。「自衛隊員の方の命を思うと……首相はリスクについてきちんと答弁されない。ついこみ上げてしまって」

 五野井さんは言う。「この思いも大切な国民の世論です。首相は耳を傾けるべきですよ。これまでPKO(国連平和維持活動)に参加した自衛隊員がどんな苦しみを味わったか、イラク派遣から帰国後に自殺者も出ています。今後そういう隊員が増える可能性があるんですよ」

 午後、結いの党の柿沢未途氏がパネルを出し「閣議決定の内容は歴代の内閣法制局長官憲法解釈とは全く異なる」と指摘。すると首相は「歴代の長官を論評するつもりはない」とし、「私たちがやるべきことは国民の命を守り……」とまたあの答弁に。「論評」はいらないが、歴代の内閣の判断の重みをどう考えているのか、説明しろ!と声を上げたくなる。

 次世代の党の山田宏氏は「これが我が党のデビュー」と前置きして、前半は河野談話を持ち出して批判を展開。傍聴席から「なぜ、今なの」というつぶやきが聞こえた。

 審議は午後5時過ぎに終了。全体的にヤジは少なかった。「ヤジを飛ばせるほど理解が進んでいないのではないか」(五野井さん)。国会を出ると、集団的自衛権行使容認に反対する人々が集まり、「閣議決定反対」と声を上げていた。審議中に断続的に聞こえてきたのはこれだったのか。

 「『デモ』とは何か」の著書がある五野井さん、閣議決定の1日もデモに駆け付けた。「安倍さんは、集団的自衛権行使容認を選挙でも主張してきたといいますが前面に打ち出した説明はなく、国民の支持を得た政策でもない。8割近くの有権者が納得していないという世論調査結果もある。説明を怠っている側に問題があるのです。政治が国民の疑念の声を無視することは許されません。今日首相は『抽象的な問題だから国民に説明が難しい』と言った。本当にそうでしょうか」

 反対集会があったのは真夏の太陽の下、気温30度はあったろう。翻って国会内は時に寒いほど冷房が利いていた。ギャップはあまりに大きい。 
    −−「特集ワイド:集団的自衛権 五野井郁夫・高千穂大准教授と見た首相の国会答弁」、『毎日新聞』2014年07月16日(水)付、夕刊。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140716dde012010011000c.html


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