覚え書:「今週の本棚:白石隆・評 『なぜ貧しい国はなくならないのか−正しい開発戦略を考える』=大塚啓二郎・著」、『毎日新聞』2014年07月20日(日)付。

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今週の本棚:白石隆・評 『なぜ貧しい国はなくならないのか−正しい開発戦略を考える』=大塚啓二郎・著
毎日新聞 2014年07月20日 東京朝刊

 (日本経済新聞出版社・3024円)

 ◇実地調査に裏付けられた知見に説得力

 「開発経済学」、つまり「貧しい開発途上国の貧困削減に貢献する戦略を研究する学問分野」について学びたいと思う人たちのための入門書である。

 「貧困は減っているか?」「なぜ貧困を撲滅できないのか?」「東アジアから何を学ぶか?」「途上国がしてはいけないこと」「途上国が『豊か』になるためにすべきこと」などの章題に示されるように、経済開発に関わる多くの基本的問題が、体系的に、論理的に、平易に論じられている。

 本書には実に多くの知見が詰まっている。その例を一つだけ挙げる。製造業の発展についてである。世界全体で見ると製造業の雇用吸収力は長期的にほとんど変化していないという。世界全体の所得は増え、工業製品の消費は大きく伸びた。しかし、雇用は増えていない。製造業の労働生産性が急速に伸びて、労働者をそれほど増やさなくとも、以前に比べてはるかに大量に良質の製品を生産できるようになっているからである。これには一つ、大きな意味がある。かりに世界全体で製造業の雇用がそれほど伸びていないのであれば、ある国、ある地域が工業化に成功すると、他のどこかの国、地域は工業化に失敗するか、既存の工業が衰退することになる。

 バングラデシュではこの30年、アパレル産業が大いに発展した。そのきっかけは、1979年、韓国の大宇(タイウ)がバングラデシュのDeshという地元企業と技術提携して、輸出向けのアパレル生産をはじめることを計画したことにあった。この当時、バングラデシュにはアパレル企業は一社もなく、生産やマネジメントに精通する人材もいなかった。そこで大宇・Deshは、大卒の新入社員130人を9カ月間、韓国の大宇の工場と本社に送って、縫製から品質管理、マーケティングまで、徹底的に研修させた。しかし、この130人は、帰国すると、2、3年でみんな退社してしまった。ある者はアパレル企業を起こし、ある者はアパレルの輸出商社の社長となった。そのためバングラデシュのアパレル製品の品質は最初から高く、先進国に輸出することができた。その結果、現在では、バングラデシュの輸出総額の80%近くをアパレル製品が占め、この産業の従業員は370万人に達し、女性の地位の向上、貧困削減などに大きな効果を発揮している。

 中国では賃金の急激な上昇とともに、労働集約的産業が急速に国際競争力を失いつつある。では、中国に代わって労働集約的な軽工業がこれから発展するのはどこか。著者は、バングラデシュは「当確」だ、という。海外から学ぶことの重要性を知っているからである。また、著者は、かりにバングラデシュだけでなく、インド、パキスタンなど、他の南アジアの国々でも工業化が成功すれば、アフリカにおける工業化のチャンスは失われるかもしれないという。なにがアフリカの問題なのか。後発の有利性をほとんど生かしていないことである。しかし、希望がないわけではない。そこでも鍵は、海外から学ぶこと、身の丈にあった産業発展を推進すること、教育を充実させることである。

 著者は日本を代表する開発経済学者で、豊かなフィールド調査に裏付けられたその知見には大いに説得力がある。経済発展をどう考えればよいか。政府はなにをすべきか。なにをしてはならないか。こういった政治経済の基本に関わる問題を考える上でひじょうに参考になる。
    −−「今週の本棚:白石隆・評 『なぜ貧しい国はなくならないのか−正しい開発戦略を考える』=大塚啓二郎・著」、『毎日新聞』2014年07月20日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140720ddm015070022000c.html





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