覚え書:「書評:木霊草霊(こだまくさだま) 伊藤 比呂美 著」、『東京新聞』2014年08月03日(日)付。

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木霊草霊(こだまくさだま) 伊藤 比呂美 著

2014年8月3日


◆生命のざわめき聞く
[評者]岸本葉子=エッセイスト
 子どもの頃から図鑑を手に、草を目で追っていた。帰化植物の繁茂する空き地や河原が原風景だ。詩を書きはじめてからも、根本にいつもあった。三十代半ばで米国カリフォルニアに渡り二十年。日本との往還のうちに見た植物をエッセイにした。
 家が残り親がいる九州・熊本とは、自然環境がまったく異なる。湿潤な照葉樹林帯と、極端に雨の少ない荒れ野。カタカナの植物名が、意味不明の呪文のようだ。すなわち移住者の著者が感じたよそよそしさである。英語名にはお構いなく、日本語の呼び名を自分でつける。遠くを見るように伸び上がって咲くから遠見草。名づけるとは関係をとり結んでいくことだと、読んで思った。言葉により世界をたぐり寄せるのだ。
 帰化植物の猛々(たけだけ)しさは著者のロールモデルだったのに、越境して来ればもっと強い草にとって代わられていた。セコイアの巨木は二千数百歳でまだ生殖中。タンブルウィードは枯れて風に転がりながらも種をまき散らす。死んでも死なない。一つの相から別の相に移るだけ。
 執筆中に父と犬を亡くし、著者は思う。彼らと植物の生き死にに何ほどの違いがあろうと。ミクロ、マクロ、さまざまな単位の命がうごめいている。日本の山路にも乾いた大地にも。本を閉じた後もなお、そのざわめきが私を満たす。
 (岩波書店・1944円)
 いとう・ひろみ 1955年生まれ。詩人。著書『河原荒草』『父の生きる』など。
◆もう1冊 
 伊藤比呂美著『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』(講談社文庫)。老父母の介護に奮闘する女性を主人公とする長篇詩。
    −−「書評:木霊草霊(こだまくさだま) 伊藤 比呂美 著」、『東京新聞』2014年08月03日(日)付。

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