覚え書:「今週の本棚:内田麻理香・評 『ウナギと日本人』=筒井功・著」、『毎日新聞』2014年08月10日(日)付。

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今週の本棚:内田麻理香・評 『ウナギと日本人』=筒井功・著
毎日新聞 2014年08月10日 東京朝刊

 (河出書房新社・1728円)

 ◇種、食文化、正規取引業者・店を守るには

 土用丑(うし)の日に、この原稿を書いている。ここ数年の著しい個体数の減少により、ウナギの種の存続を危ぶむニュースが増えた。しかし、土用丑の日ともなると、スーパーやコンビニでも数多くウナギが売られているようだ。ウナギを振り回すと同時に振り回される日本人。そんなウナギと私たちの関わりを、ウナギ産業の栄枯盛衰も含め、多角的に描写したのが本書である。

 ニホンウナギは二つのレッドリスト(絶滅のおそれのある野生動物のリスト)に掲載されている。まず、二〇一三年に環境省レッドリスト絶滅危惧種に入れられた。次の年には、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストにも絶滅危惧種として指定された。ヨーロッパウナギもIUCNのレッドリストに記載されている。世界のウナギの収穫量の七割を食べる日本人の責任は逃れられないだろう。

 今日では日本人が食べるウナギの九九%以上が養殖ものだという。この養殖は、親ウナギの産んだ卵から育てる完全養殖ではない。シラスウナギと呼ばれる稚魚を採って、養殖して成鰻(せいまん)にする。シラスウナギは、養殖業が盛んになりウナギが大衆化する昭和四〇年代までは見向きもされなかった。しかし、シラスは一転して「白いダイヤ」となる。養殖業者が高値で買い付けるようになったからだ。そして、各地でシラスの乱獲が始まる。

 日本におけるウナギの価値に気づいた近隣国も参入するようになった。台湾でも養殖業に乗り出し、成鰻のほぼ全てを日本に輸出していた。追って中国も加わる。中国から輸入するウナギの大半はヨーロッパウナギである。中国は欧州からヨーロッパ種のシラスを仕入れ、養殖して日本に輸出した。その販路が確立した結果、ヨーロッパウナギが激減したのだ。ヨーロッパ種は二〇〇七年にワシントン条約で規制が義務づけられ、続いてEUでもシラスの輸出と国境を越える移動を原則として禁止した。

 日本人のウナギの消費量はピークの二〇〇〇年ごろには、年間で一人当たり五匹にも達した。どう考えても食べ過ぎであろう。しかし、シラスの捕獲量が年を追うごとに減り続け、シラスの価格が高騰することにより、日本のウナギ養殖業者も次々と廃業した。その陰で、ヤミの流通ルートが生まれる。

 二つのウナギの種も危うくするほど執着する日本人。実際、日本のウナギ食文化は古く、縄文時代貝塚からもウナギの骨が発掘されるという。八世紀の『万葉集』の大伴家持の歌からは、ウナギを夏ばてに有効な食材と見ていたことがわかる。ちなみに、土用丑の日とウナギを結びつけたのは、平賀源内であるという通説があるが、それを裏付ける文献はいっさい残っていないとのこと。

 しかし、歴史ある食文化だからという理由で、絶滅する種を放置するわけにはいかない。ウナギの完全養殖は採算がとれず、市場のルートにのせるのは先の話になる。だからと言って、規制を強化するだけでは、ウナギの保護に繋(つな)がらないと著者は説く。今でも密漁・密売が横行しているが、生活がかかった者がそこに加わる危険性を指摘する。これは、天然ウナギやそのウナギを卸す店がかつて身近にあった著者ならではの視点であろう。

 種の保全、食文化、正規の取引で扱う業者や料理店。ウナギを愛する私は、これらを全て守りたいが、どう行動したら良いか。食べることを自粛すること、出所不明な安いウナギには手を出さないことを続けてみよう。ウナギと関わる指針を与えてくれる一冊だ。 
    −−「今週の本棚:内田麻理香・評 『ウナギと日本人』=筒井功・著」、『毎日新聞』2014年08月10日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140810ddm015070024000c.html





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