覚え書:「書評:真実の「わだつみ」 加古 陽治 編著」、『東京新聞』2014年08月17日(日)付。

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真実の「わだつみ」 加古 陽治 編著

2014年8月17日


◆死に向かう学徒兵の思い
[評者]道浦母都子歌人
 音もなく我より去りし物なれど書きて偲びぬ明日(あす)と言ふ字を 木村久夫
 高校時代、この一首と出会ったことが、私の一生を決めた。多大の影響を及ぼしたのである。作者である木村久夫は大阪府出身、京都帝大在学中に学徒兵として入営。戦後、シンガポールチャンギー刑務所で戦犯刑死。先の短歌は、死の数日前に偶然、手に入れた田辺元著『哲学通論』の余白に記されていた遺稿の中にあったものである。
 高校生だった私は、戦没学生の手記を集めた『きけ わだつみのこえ』に収められた木村久夫の遺稿をくり返し読み、たまたま彼の生家が近かったので、家を確かめ、墓所を探して合掌もした。彼の遺稿が、あまりにも人間味にあふれ、願わぬ死に向かう悔しさが、切々と綴(つづ)られているのに心打たれたからだ。以後も、何度か彼に触れて書き、また、話しもした。私にとって青春の碑といえる一人と考え続けてきたからである。
 今回、本著に触れて驚いた。まさかと思っていた彼の遺書が、今は故人の父、久氏の元に残っていたからだ。『きけ わだつみのこえ』に収録されている遺稿は、恩師に当たる塩尻公明氏が紹介し、世に知られるようになった。それは『哲学通論』の余白に記されたものだとされていたが、木村久夫の遺書は、別に存在していたのである。
 遺書と余白の文章、双方を読み合わせてみると、木村久夫という人物が何を考え、何を思いつつ死に向かっていったのかがよくわかる。特筆すべきは敗戦後の軍上層部の醜態ぶりである。「最も態度の賤(いや)しかったのは陸軍の将校連中であった」と鋭く批判している。
 なぜ、彼は死なねばならなかったのか。戦犯としての刑執行は不可避だったのか。本書の著者は、綿密な取材を通して、その真実に迫ろうとしている。戦後は戦前、そんな空気の濃くなっている現在、一人の学徒兵の生と死を辿(たど)ることで、われわれは改めて戦争と向き合わねばと考えさせる書だ。
 (東京新聞・972円)
 かこ・ようじ 1962年生まれ。現在、中日新聞東京本社(東京新聞)文化部長。
◆もう1冊 
 中谷彪(かおる)著『塩尻公明と戦没学徒 木村久夫』(大学教育出版)。木村の恩師塩尻の研究者が塩尻の著書を参考にして遺書を読み解く。 
    −−「書評:真実の「わだつみ」 加古 陽治 編著」、『東京新聞』2014年08月17日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014081702000180.html





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真実の「わだつみ」  学徒兵 木村久夫の二通の遺書
加古陽治
東京新聞出版局
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