覚え書:「書評:移植医療 木勝島 次郎・出河 雅彦 著」、『東京新聞』2014年08月17日(日)付。

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移植医療 〓島 次郎・出河 雅彦 著 

2014年8月17日


◆ルール不備が招く「事件」
[評者]向井承子=ジャーナリスト
 ハンディーな新書に凝縮された内容の重さにため息が出た。先端医療のあり方を問い続ける研究者と、医療問題への取材を続けるジャーナリストのタッグによる執筆。浮かび上がるのは、第三者の人体を必要とする移植という特異な医療が内包する深刻な課題である。
 脳死は人の死か否か。四半世紀に及ぶ大論争を経て十七年前に成立した臓器移植法は「世界一厳しい」とされ、後の改正法では条件が緩和。だが立法過程を通して著者が問い続けたのは、脳死論争の背後に置かれた「深刻な課題」。それを踏まえた「ルールの不在」だった。なによりも、臓器を待つ人と提供する人との途方もない需給のアンバランスがもたらす暗い結末は、当初から予測されたことだった。
 著者は「(臓器移植とは)いつどこでどれだけ出るかわからない提供者を求めて待つ、大きな限界のある医療」と言い切る。そもそも移植に必要な臓器は、どこからどのようにやってくるのか。脳死での臓器提供者(ドナー)なら、なぜ脳死になったのか。治療は十分だったか。
 本書には、脳死ドナーの四割が検視を必要とする「不自然死」だったとある。ことに十五歳未満の子どもではすべてが不自然死。虐待、犯罪、自殺など「事件」がドナーの供給源に紛れこんでいる実態が容易に想像されるが、死因究明制度の不備が検証を阻む。脳死ドナーが少ない日本では、生体からの臓器や組織の提供に依存するが、そのためのルールはあまりに乏しい。水面下での人体組織取引、暴力団介在による腎臓売買事件など、ルール不在が事件を誘発する事例も検証される。
 深刻なのは、脳死になる以前に臓器提供の目的で意図的に心臓を止めるいわば「安楽死ドナー」の登場だ。米国や英国で急増というが、倫理の視点を失った医療はどこまで暴走するのだろう。著者は再生医療を救いにおくが、現実には「未(いま)だ実験研究段階」。患者を護(まも)るべき臨床試験のルールも乏しい。そのための提言も期待したい。
 (岩波新書・842円)
ぬでしま・じろう 生命科学の研究者。
※〓は木へんに勝
いでがわ・まさひこ ジャーナリスト。
◆もう1冊 
 デイヴィッド・ロスマン著『医療倫理の夜明け』(酒井忠昭監訳・晶文社)。米国の医療事件から医療倫理を問うノンフィクション。 
    −−「書評:移植医療 木勝島 次郎・出河 雅彦 著」、『東京新聞』2014年08月17日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014081702000181.html





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