覚え書:「今週の本棚:鴻巣友季子・評 『かたづの!』=中島京子・著」、『毎日新聞』2014年08月24日(日)付。

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今週の本棚:鴻巣友季子・評 『かたづの!』=中島京子・著
毎日新聞 2014年08月24日 東京朝刊

 (集英社・1944円)

 ◇「戦わない力」貫く君主に作者の姿勢

 江戸初期に遠野に実在した珍しい女大名を主役に据え、遠野の「叱り角」と言われる片角(かたづの)伝説、八戸の河童(かっぱ)誕生秘話などを自在に横糸にとりいれたファンタジックな時代小説だ。遊び心と批評精神に富む。

 とくに本作においては、謀略と戦の世にあって「戦わない力」を貫いた君主のあり方に、作者のひとつの姿勢が窺(うかが)えるように思う。

 舞台は、南部藩の治める陸奥の国。八戸政栄(まさよし)の孫娘「祢々(ねね)」は十歳のときに、男女のきょうだいのように育った九歳の直政と成婚するが、十数年後、まだ若い夫を旅先で、間をおかず幼い世継ぎの久松を城中で亡くす。どちらも病死とされたが、実は三戸の叔父南部利直による毒殺。

 「あんまり若い時に戦いに出て武勲を積んだものだから、この、ずる、というのが骨身に沁(し)みてわかっている。碁や将棋を愉(たの)しむように、叔父御は、ずるを愉しむことができる」という利直と、祢々の生き方は水と油のごとく。彼女の信条はこうだ。

 「あのね。戦でいちばんたいせつなことは、やらないこと」「でも、小田原征伐の話は好き。お爺(じい)様たちは、知力だけで戦に勝った。一滴の血も流さずに」

 夫と息子の死後、城は取り潰しの危機にあうが、祢々が外交手腕を発揮して第二十一代当主として城を継ぎ、女亭主となった。さらに叔父からの強い再婚の勧めを断り、剃髪(ていはつ)して仏門に下り、清心尼を名乗る。賢い女城主は叔父の敵愾心(てきがいしん)を買い、先々まで苦しめられることになる。

 利直はなかなか清心尼の力を封じこめられないが、やがて、八戸に「国替え」を提案し、自分が治めきれずに荒れ放題になっている遠野の統治を一族に押しつけてくるが……。

 この時空を翔(か)ける語り手は、ずばり一本角の珍しいカモシカが遺(のこ)した片角である。

 生前、祢々と懇意にしていたカモシカは角だけになっても、彼女と心を通じ、時に危機を知らせ、祢々や他の人間の中に「入った」りする。祢々は人心のみならず、異類の心もつかむようで、根城を出て遠野に移った一族に八戸の河童の大将が付いていったのも、ひとえに彼女を懸想(けそう)したためだし、三戸の間者の猿になつかれもする。

 序盤で片角と初めて出会った十五歳の祢々の姿が初々しく、力強い。「長い髪を後ろで束ねた少女がいて、身じろぎもせずに私を見つめていた」「私の気持ちからすれば、まっすぐに私を見つめたあの目に、心臓を射抜かれたとしかいいようがない」「悪戯(いたずら)娘のように私の目を覗(のぞ)き込んで……」

 祢々の表情豊かな瞳の描写を読んでいると、柳田国男の『妹(いも)の力』のこんなくだりを思いだす。「貞淑という語は無表情を意味していた。(中略)それがいつの代からの変遷であったか、『女の目には鈴を張れ』などと、大きな丸味のある目をもって美女の相好(そうごう)の一つとする(中略)時あって顔をあげ、まともに人を見るような態度を是認するに至って、力ある表情がはじめて解放せられた……」

 古来、文学の中の少女は聞こえないものを聞き、見えないものを見、異類と通じ、預言をし、戦を率いたり、時を駆けたりしてきた。四十、五十になっても「幼い姪が叔父にするように」老家臣をぎゅっとハグしたり、孫と遊んだりする清心尼は少女のよう。野武士の一団の元へ丸腰で談判に行って和解し、謀反を鎮め、十数年かけて伊達藩との境界の合意に持ちこみ……「戦わないこと」で奇跡を起こす。

 戦へ、戦へと頭に血を上らせる「兄」的な集団思考に抵抗する、「妹」的な覚めた合理性。今の世にも必要なものではないだろうか。(26日発売予定) 
    −−「今週の本棚:鴻巣友季子・評 『かたづの!』=中島京子・著」、『毎日新聞』2014年08月24日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140824ddm015070022000c.html





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