覚え書:「書評:<肖像>文化考 平瀬 礼太 著」、『東京新聞』2014年09月21日(日)付。

3_3

        • -

<肖像>文化考 平瀬 礼太 著

2014年9月21日
 
◆絵に出る日本人の精神性
[評者]下川耿史(こうし)=風俗研究家
 三十年ほど前、写真家の内藤正敏氏と津軽半島の先端を旅したことがある。その山中に三十枚くらいの肖像画が飾られたお堂があった。モデルはいずれも男性で、和服姿もあれば、出征時の軍服姿もある。村人の話では日清・日露戦争から大東亜戦争まで、村から出征して戦死した人の肖像で、以前は倍くらいあったが、敗戦後自宅に引き取った家族も多く、これだけが残ったという。いずれも絵画の五十号を超えるような大きなものだったが、百年にわたる死者たちの発する呪力に身のすくむような思いだった。お堂はその後壊されたようだが、あの場の緊張感は今も印象に残っている。
 本書はそのような肖像が、日本文化の中でどのような役割を果たしてきたかを論じる。一番驚いたのは、戦時中の国策結婚式の風景。新郎新婦と仲人・両親だけが本物で、後ろに並んだ親類縁者はみな似顔絵ですませたというのである。もちろん食糧節約のためであるが、マンガでしかあり得ないようなシーンが、まさか現実に演じられていたとは!!
 そのほか肖像と呼ばれる範疇(はんちゅう)に属するものがいかに多いかにも驚いた。肖像の代名詞のような威厳を示す御真影や歴史的偉人のそれ、戦時中、鬼畜米英の国威発揚に使われたルーズベルト米大統領チャーチル英首相の似顔絵など政治的な意図を持ったもの。また庶民の間では呪いのわら人形にも似顔が用いられ、有名な役者が死ねば<死絵>と呼ばれるものが売り出されて人気を集めたという。要するに日本人は、肖像画の中に写真や普通の写生画では得られない精神性や心情を感得してきたのである。
 本書は肖像画から透かして見える歴史の歪(ひず)みを見つめたもので、大変刺激的だった。一つ注文すれば、似顔絵を肖像と同等のものとして扱うのであれば、似顔絵マンガの果たした役割にもぜひ触れて欲しかった。そこからも独自の展開が期待できそうに思われる。
(春秋社・2484円)
 ひらせ・れいた 1966年生まれ。兵庫県姫路市立美術館学芸員
◆もう1冊 
 宮島新一著『新装版 肖像画』(吉川弘文館)。古代から中世までの作品から、霊力や親愛の情がこめられた日本の肖像画の特質を探る。
    −−「書評:<肖像>文化考 平瀬 礼太 著」、『東京新聞』2014年09月21日(日)付。

        • -




http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014092102000204.html






Resize2193

〈肖像〉文化考
〈肖像〉文化考
posted with amazlet at 14.09.25
平瀬 礼太
春秋社
売り上げランキング: 95,596