覚え書:「今週の本棚:橋爪大三郎・評 『帝国の構造−中心・周辺・亜周辺』=柄谷行人・著」、『毎日新聞』2014年10月05日(日)付。

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今週の本棚:橋爪大三郎・評 『帝国の構造−中心・周辺・亜周辺』=柄谷行人・著
毎日新聞 2014年10月05日 東京朝刊

 (青土社・2376円)

 ◇「交換様式」は世界史の座標軸たり得るか

 資本主義は西欧に登場し、世界を席巻した。それはなぜか。マルクスは階級と生産様式を、ウェーバーは宗教と経済倫理をキーワードに、その必然を説明した。わが国の社会科学もこの二人を源泉とする。

 だがポスト冷戦のグローバル世界は、マルクスウェーバーの予想を超えている。私有財産制を否定する共産主義が資本主義にとって代わるわけでも、プロテスタンティズムと無縁の中国やインドが資本主義になれないわけでもなかった。西欧中心主義にとらわれ、誰もが目を曇らされていたのだ。

 柄谷行人氏は、マルクスの議論を根底から組み直して、世界史と混迷するグローバル世界とに、明確な座標軸を与えようとする。その土台となるのが、交換様式である。

 柄谷氏は、世界史を貫通する四つの交換様式があるという。交換様式A(互酬(ごしゅう))、B(略取と再分配)、C(商品交換)、そして交換様式D(X)。A→B→C→Dは、歴史的発展の順序でありつつも、同時に重層しており、その重みや組み合わせの違いがおのおのの社会の特性をつくりだしている。

 交換様式Aは、氏族制のルール。贈与せよ/贈与を受けよ/贈与に返礼せよ、という三重の強迫だ。この互酬のルールを、人類始原のコミュニケーションのありかただと構造主義は理解したが、柄谷氏はこれを歴史的なもの、権力(交換様式B)を析出させないための装置とみる。定住と農業はやがて、交換様式B(支配と保護の交換)をもたらす。首長制や王制や封建制はこれに基づく。帝国はこれをさらに越え出て、交換様式C(商品経済や普遍宗教)と並走する。そこでは民族や言語や文化や多様なものの共生が模索される。近代の主権国家は、この帝国を解体した。それをより高次で回復するのが、来るべき交換様式Dである。

 この多重の交換様式に加えて、中心/周辺/亜周辺の地政学的な区分が有用だ。ペルシャに対するギリシャ、大陸に対するイギリス、中国に対する日本は、帝国の果実を選択的に取り入れて自己形成した。とりわけ西欧は、帝国の亜周辺だったからこそ交換様式Cにもとづく産業化、近代化、主権国家を発展させた。

 複数の主権国家のあいだを、覇権が移動する。覇権国家主権国家ナショナリズムを基調とするから、帝国ならざる狭隘(きょうあい)な「帝国主義」としてふるまう。帝国の許容した多様性を抑圧する。グローバル世界の差別と閉塞(へいそく)は、ここに起因する。

 そこで柄谷氏は、グローバル世界に、かつての帝国が内蔵していた多様性の共存の原理を、交換様式Dとして復活させる戦略を練る。そのヒントは、永久平和を唱えたカントにある。カントは、ホッブズヘーゲルと違って、主権国家を理想としなかった。主権国家の連合の先に平和を創り出す方途を探った。この精神につながるものだから、憲法九条を柄谷氏は高く評価するのである。

 本書は柄谷氏が、前著『世界史の構造』(二○一○年)を主題に中国で行なった一連の講演をまとめたもの。《多くの論点がよりクリアになっ》ている。ロジックのぶれがない緊密な仕上がりだ。

 本書の成否はひとえに、交換様式が、マルクスの生産様式に代わり、世界史を解明する分析ツールたりうるか否かにかかっている。交換様式のうち、互酬/略取と再分配/商品交換、は観察可能な経験的事実だ。交換様式Dは、それに匹敵する具体的な内実をそなえているか。

 交換様式Dとは、《交換様式Aが交換様式B・Cによって解体されたのちに、それを高次元で回復するもの》、すなわち《互酬原理によって成り立つ社会が国家の支配関係や貨幣経済の浸透によって解体されたとき、そこにあった互酬的=相互扶助的な関係を高次元で回復するもの》だという。それは普遍宗教が与える神の命令のように、強迫的な回帰としてやってくる。カントの「世界共和国」こそ、《交換様式Dによって形成される世界システム》にほかならない。だがまだそれは、到来していない。その場所が空箱(X)として用意されているだけなのだ。

 交換様式Dは、マルクス主義共産主義社会と同じで、決して到来しない蜃気楼(しんきろう)のようなものなのか。

 共産主義私有財産の「否定」として自己主張するものでしかなかった。それに対して交換様式Dは、国際連盟や温暖化条約のような具体的制度として、一歩ずつ前進する。市場にもとづくグローバル世界が必然的に招き寄せる、道徳的な外部なのだ。たとえば普遍宗教をまとったテロは暴力だが、同時に道徳的衝動の要素を含んでもいる。ところが、覇権国家はそれに対抗するのに、戦争に訴えるだけだ。覇権国家でも戦争に訴えるのでもないわが国がグローバル世界に提言するなら、テロより格段に効果的な道徳的アクションの構想ではないか。柄谷氏が心血を注いだ本書の構想や分析のディテールに、評者は共感し賛同すべき点が多かった。いま最も読まれるべき著者の一人である。
    −−「今週の本棚:橋爪大三郎・評 『帝国の構造−中心・周辺・亜周辺』=柄谷行人・著」、『毎日新聞』2014年10月05日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20141005ddm015070036000c.html






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