覚え書:「書評:フェルメールの帽子 ティモシー・ブルック 著」、『東京新聞』2014年10月12日(日)付。


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フェルメールの帽子 ティモシー・ブルック 著

2014年10月12日


◆絵を手掛かりに歴史展望
[評者]榑沼(くれぬま)範久=横浜国立大教授
 本書はおもにフェルメールの絵画に描かれるべく選ばれた事物の来歴を通して、彼が生きた十七世紀(日本は江戸時代)、グローバル化する波瀾(はらん)万丈の世界を物語っていく。フェルメールはオランダの故郷デルフトから遠く離れることなく生涯を終えたが、彼の明暗は世界とともにあり、絵画のなかの事物は近隣諸国のみならず、『地理学者』に描かれた地球儀が示すように、地球の反対側にまでつながっている。
 『デルフト眺望』に描かれた建物は、オランダ東インド会社(アジア交易支配を支えた世界初の大規模株式会社)の事務所や倉庫にほかならない。『兵士と笑う女』に描かれた兵士の大きな帽子は、カナダ産ビーバーの毛皮で作られたものと推定される。その毛皮は、中国への経路を熱望しつつ火縄銃を武器にカナダ大湖地方の先住民を征服したフランスが、ニューアムステルダム(現在のニューヨーク)を経由してオランダ市場に流入させていた。
 『窓辺で手紙を読む女』に描かれた中国製陶磁器は、オランダの海上覇権をめぐる歴史の断片としてそこにある。『天秤(てんびん)を持つ女』で計量されているのは銀貨であり、日本と南アメリカを二大産地としてヨーロッパや中国に供給された銀は、アジアとアメリカとヨーロッパを、交流と交換と交戦、冒険と狂乱と暴力に満ちたグローバル経済に結びつけていった。
 「日本語版への序文」で著者自身が言うように、確かに本書はフェルメールに関する本というより、十七世紀に世界を作り替えていった無数の人びとに関する本だろう。しかし、だからこそフェルメールが絵画の中に拾い上げた事物が、こうした無数の人びとの歴史を開く「扉」にもなっていることに、あらためて驚かざるを得ない。それはまさに、ありふれた事物がひとつの世界−私たちの生きる現在にまでつながる世界を明かすことができるという十七世紀、そしてフェルメール、オランダ絵画の革命のしるしに違いない。
 (本野英一訳、岩波書店・3132円)
 Timothy Brook カナダのブリティッシュ・コロンビア大の中国史の教授。
◆もう1冊 
 ツヴェタン・トドロフ著『日常礼讃』(塚本昌則訳・白水社)。十七世紀オランダ絵画の様式や描かれた日常生活の様子を読み解く。
    −−「書評:フェルメールの帽子 ティモシー・ブルック 著」、『東京新聞』2014年10月12日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014101202000177.html






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ティモシー・ブルック
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