覚え書:「今週の本棚・本と人:『どろにやいと』 著者・戌井昭人さん」、『毎日新聞』2014年10月19日(日)付。

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今週の本棚・本と人:『どろにやいと』 著者・戌井昭人さん
毎日新聞 2014年10月19日 東京朝刊

 (講談社・1404円)

 ◇抜け出せない「わたし」の観察−−戌井昭人(いぬい・あきと)さん

 異様な観察小説とでも言おうか。登場人物たちが、のぞき合っている。読み手を見る視線も感じる。「人間観察は昔から好きでした。根暗で、素直じゃなくて」。街の2階の喫茶店でインタビュー中、ふと路上を見下ろし「ほら、あのおじさん。よく見かけるんですが、どんな所に住んでいるんだろうと、後に付いて行ったことがあります」

 若き「わたし」は元プロボクサー。酒と女に遊ぶ自堕落な生活をやめ、亡き父の後を継いで万病に効くお灸(きゅう)「天祐子霊草麻王(てんゆうしれいそうまおう)」の行商を始めて1年になる。物語の舞台は、山形県の山中を思わせる「志目掛(しめかけ)村」だ。父が遺(のこ)した顧客名簿を頼りに村人の間を回る。<おれは子供のころ寝小便たれでよ、天祐さんに治してもらったことがあんだな>などと、おおむね好意的に迎えられる。

 村人たちの言動がいちいち見逃せない。車にひかれた飼い犬の死体を庭に放り出して昼飯を食う夫婦。穴を掘って埋める段になって急に泣き出す様を見て、「わたし」は<感情をスイッチみたいに切り替えられるのが不思議でした。過去はブツ切り状態で、それを抽斗(ひきだし)から出したりしまったりしている感じです>と淡々と観察する。そのココロは「(現実と幻想の混交した)マジックリアリズムを気取ったんです。死は悲しいけれど、生き返りもするという……」

 しかし、村人の行動原理を尋ねると首をかしげた。「オレ、人の心の動きはどうでもよくて、いや、書いているつもりではあるんですけど、やっぱり外に表れる行動を書きたい。なぜガラスを殴ったかじゃなくて、殴ってしまってから『イテッ!』というのが好き。でも、リアルなのはこっちでしょ、実は」。下品な人や攻撃的な人があまり登場しないのも戌井流だ。

 万事がすっとぼけた調子で、常識人に見えつつ実はそうでない村人の中から「わたし」はどうしても抜け出せなくなっていく。直接の原因は、遅れた時計のせいでバスに乗り遅れたり、土砂崩れで道が寸断されたりといったトラブルなのだが、「わたし」は何やら異世界の深い大穴に落ち込んだようなのだ。

 着想の源は? 「女性の太ももに挟まれるために山形へ行く話を書きたかった」。本作の最終盤、「わたし」は実際に<商店の女>に挟まれる。そして大荒れの大団円。今後の抱負を。「社会と切り結んで、引っかきたい。小説のまだ入り口を見たところです」<文と写真・鶴谷真>
    −−「今週の本棚・本と人:『どろにやいと』 著者・戌井昭人さん」、『毎日新聞』2014年10月19日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20141019ddm015070032000c.html






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